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数と資料の出どころ

鉄道狂時代

鉄道狂時代 / 1844〜1847年 / イギリス / 熱狂・バブル

数と資料の出どころ

図と本文の数が、どの資料のどこから来ているかの一覧です。見出しを押すと開きます。

詳しく読む数値台帳(10件)
63 → 199 → 562件鉄道法案の申請件数1843 → 1844 → 1845末・分母 議会への申請 原資料は参照していないGareth Campbell, John D. Turner 2012 p.4 注11(Railway Times 経由)
1,263社新計画の数(スパックマンの表)1845-11-17・分母 申請に至らないものを含む CT 注12・Odlyzko p.141 と一致D. Morier Evans 1848 pp.21–22
5億6,320万3,000 / 5,913万6,300ポンド新計画の資本と要預託(スパックマンの表)1845-11-17・分母1,263社・額面 タイムズ社説は1,428線・7億124万3,208ポンドD. Morier Evans 1848 p.22
815(606・121・83)件11月30日までに商務省へ提出された図面1845-11-30・分母 提出 ダルハウジーは「800超」(Evans p.41)House of Commons 1846 c.190
1,984 → 1,623 → 673指数(1844-01=1,000)鉄道株指数1845-08-08 → 1845-11 末 → 1850-04-19・分母 著者の指数・時価 下落率66.1%(Campbell 2013 p.8)Gareth Campbell, John D. Turner 2012 p.4 Fig.1
2.5 → 3.0 → 3.5 → 3.0 → … → 8.0 → 4.0%公定歩合1844-09-07 → 1845-10-16 → 11-06 → 1846-08-27 → … → 1847-10-25 → 1848-01-27・分母 Bank RateBank of England HISTORICAL SINCE 1694
900万(見込)/ 800万〜1,000万 / 600万〜700万ポンド1846年1〜2月の預託金の払込1846-01・分母 議会への預託・現金 議員の見積が三つ並ぶ。決算の数は、ここに挙げた資料には無いHouse of Commons 1846 cc.371, 374(H0123 c.131)
1845年118本・5,600万超 / 1846年9,546万ポンド1845〜46年の認可資本1845 / 1846・分母 議会認可・額面 1846年の数は Return of Railway Acts 1844–47を Odlyzko が引くHouse of Commons 1846 c.189(1846年は Odlyzko 注215)
615万・140万・350万8,000・320万・530万・228万・416万・376万・204万ポンド1847年の払込請求(月)1847-01・02・03・06・07・08・09・10・11・分母 英国線と外国線・請求額 4・5月は記述に無いD. Morier Evans 1848 pp.54–56, 64–65, 71, 74, 98
6,750万 → 8,850万 → 1億6,730万 → 2億4,580万ポンド累積投資資本(Odlyzko Table 2)1843 → 1845 → 1847 → 1850・分母 英国の鉄道 原統計は参照していないAndrew Odlyzko 2010 p.34 Table 2
詳しく読む図の数の出どころ
図何の数値時点・期間資料とその箇所
図1数を使わない図———
図21847年の鉄道の払込請求(月)6.21847-01D. Morier Evans 1848 pp.54–56, 64–65, 71, 74, 98
図21847年の鉄道の払込請求(月)1.41847-02D. Morier Evans 1848 pp.54–56, 64–65, 71, 74, 98
図21847年の鉄道の払込請求(月)3.51847-03D. Morier Evans 1848 pp.54–56, 64–65, 71, 74, 98
図21847年の鉄道の払込請求(月)3.21847-06D. Morier Evans 1848 pp.54–56, 64–65, 71, 74, 98
図21847年の鉄道の払込請求(月)5.31847-07D. Morier Evans 1848 pp.54–56, 64–65, 71, 74, 98
図21847年の鉄道の払込請求(月)2.31847-08D. Morier Evans 1848 pp.54–56, 64–65, 71, 74, 98
図21847年の鉄道の払込請求(月)4.21847-09D. Morier Evans 1848 pp.54–56, 64–65, 71, 74, 98
図21847年の鉄道の払込請求(月)3.81847-10D. Morier Evans 1848 pp.54–56, 64–65, 71, 74, 98
図21847年の鉄道の払込請求(月)2.01847-11D. Morier Evans 1848 pp.54–56, 64–65, 71, 74, 98
図3議会が会期ごとに認可した鉄道の延長911843Andrew Odlyzko 2010 pp.77–78, 注215
図3議会が会期ごとに認可した鉄道の延長8051844Andrew Odlyzko 2010 pp.77–78, 注215
図3議会が会期ごとに認可した鉄道の延長2,7001845Andrew Odlyzko 2010 pp.77–78, 注215
図3議会が会期ごとに認可した鉄道の延長4,5381846Andrew Odlyzko 2010 pp.77–78, 注215
図3議会が会期ごとに認可した鉄道の延長1,3541847Andrew Odlyzko 2010 pp.77–78, 注215
図3議会が会期ごとに認可した鉄道の延長3711848Andrew Odlyzko 2010 pp.77–78, 注215
図4公定歩合2.5%—1844年9月7日—
図4鉄道株の指数1,984で頂点—1845年8月8日—
図4公定歩合3.0%。週末に恐慌—1845年10月16日—
図4政府の書簡。銀行は8% で貸し出す—1847年10月25日—
図4指数673。営業中の鉄道は6,621マイル—1850年—
詳しく読む何から分かるか

史料は4つの群に分かれます。第一に議会の記録。1846年1月23日・26日・29日の下院の討論と1847年11月30日の大蔵大臣の演説、1844年の鉄道規制法、1846年の解散法と鉄道委員の法は、Hansard と legislation.gov.uk の原本で読みました。第二にイングランド銀行の公定歩合の公式の表。第三に同時代の刊行物で、エヴァンズ(1848)の『商業恐慌1847〜1848』、トゥック(1848)の『物価史』第4巻、フランシス(1851)の『イギリス鉄道史』第2巻は、1845年から1847年の節を読んでいます。第四に研究で、キャンベルとターナー(2012)とキャンベル(2013)は全文を、オドリズコ(2010)は序論・年表・結論と表を読みました。マッケイの1852年版は伝説の出どころとして読んでいます。

欠けているものもあります。申込人の数と職業は議会の名簿を数えたキャンベルとターナーに拠り、名簿の原本は読んでいません。株価指数は Railway Times の日次価格から著者らが作ったもので、原表ではなく著者らの論文で読んでいます。タイムズ1845年11月17日の表はエヴァンズとオドリズコが写したものを読みました。1846年から1848年の払込請求の総額、損失の総額、破産の件数を数えた統計は、ここに挙げた資料の中にはありません。

研究の立場は分かれます。キャンベルとターナーは名簿から、資本の大部分を出したのは経験ある投資家で、内部者の投資は他より良い成績ではなかった、と結論します。キャンベルは、熱狂の中でも似た資産は整合的に値付けされており、収益を膨らませたのは分割払込の梃子だった、と見ます。オドリズコは、需要が期待収益に足りないことを示す量的な指標があったのに投資家が無視した「集団的幻想」を見て、市場は大いに非効率だったと論じます。1847年の恐慌についても、大蔵大臣は穀物と鉄道への資本の吸収を主因とし、ラッセル卿は払込請求を重く見ず、反対派は1844年法と4月の銀行の締め付けを責め、トゥックは1844年9月からの低利が投機を助けたと評価し、オドリズコは恐慌が鉄道投資にほとんど影響しなかったとします。五つの見方は、いまも並んだままです。

なぜ多くの人が、事後に見て割の悪い鉄道株に投資したのかも、開いた問いです。キャンベルとターナーは、国債が増えず貯蓄の出口が乏しかったこと、上がる間に売り抜ける「バブルに乗る」行動、新技術の採用の確率が上がるにつれて将来の収益が高い率で割り引かれたこと、議会が1845年の秋に計画を絞らなかった政治の失敗を候補に挙げ、どれとも決めていません。

数の出どころは揃えています。公定歩合はイングランド銀行の表、認可延長と累積投資はオドリズコの表と年表、払込請求の月額はエヴァンズ、預託金の見積は下院の討論です。同じ出来事でも、公定歩合の1847年9月30日の6%(銀行の表)と、9月23日・10月1日の告示(トゥックの13回の一覧)のように、告示の日と効力の日で記述が違います。本文では銀行の表の日付を使い、トゥックの一覧は年表に残しました。

何から分かるか — 資料の種類

通俗書

参加者は素人か

Campbell–Turner 2012

経験ある投資家が資本の大部分。聖職者と女性は1.2%

Gareth Campbell, John D. Turner 2012
Odlyzko 2010

「大半が株式市場の新参者」だった投資家が集団的幻想に囚われた

Andrew Odlyzko 2010
風刺と同時代の記述(Thackeray・Francis 1851)

未亡人・聖職者・召使い・中産階級

John Francis 1851

市場は非効率だったか

Odlyzko 2010

需要の量的指標があったのに無視された。大いに非効率

Andrew Odlyzko 2010
Campbell 2013

似た資産は整合的に値付けされ、収益は梃子で膨らんだ(近視眼的合理性)

Gareth Campbell 2013

1847年恐慌の原因

大蔵大臣ウッド(1847-11-30)

穀物と鉄道への資本の吸収が不健全な信用の上に働いた

House of Commons 1847
反対討論(ケイリーほか)

ラッセル卿は払込請求を重視しない。原因は1844年法と4月の締め付け

House of Commons 1847
Tooke 1848

1844年法の下で銀行が低利にしたことが投機を助けた

Thomas Tooke 1848
Odlyzko 2010

恐慌は鉄道投資にほとんど影響しなかった

Andrew Odlyzko 2010
詳しく読む参考文献(15件)

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