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Collective Hallucinations and Inefficient Markets: The British Railway Mania of the 1840s

Andrew Odlyzko — University of Minnesota / SSRN(preliminary version, January 15, 2010)

この資料が支える主張

  1. 著者の主張: 1840 年代の鉄道狂は多くの尺度で歴史上で最大の技術の熱狂で、投資家には需要が期待収益に足りないことを示す信頼できる量的指標があったのに、新技術の力と関係者の世論操作が「集団的幻想」を生み、市場は非効率だった。反対者(タイムズ・エコノミスト・モリソン)は別の錯覚に囚われ、警告は逆効果でもあった(要旨・pp.4–5, 188–190)
  2. 投資家にはダーウィン・バベッジ・J・S・ミル・ブロンテ姉妹・サッカレーが含まれ、1849 年末にシャーロット・ブロンテは「私の株はヨーク・アンド・ノース・ミッドランドで、額面 50 ポンドが一時 120 に上がり数年 10% の配当を払ったが、いまは 20」と書いた。ダーウィンの主な持株はロンドン・アンド・ノース・ウェスタンで、同じ時期に頂点から約 55% 下がっていた(pp.4–5, 80)
  3. 議会の認可延長(Fig.1)と鉄道投資(Fig.2): 投資は 1847 年に約 4,400 万ポンドで頂点(国の予算は約 5,000 万ポンド)。認可から着工まで約 1 年、完成まで数年かかった(pp.6–7)
  4. Table 2(p.34): 営業中の鉄道の延長は 1843 年 2,044 マイル・1845 年 2,441・1847 年 3,945・1850 年 6,621。累積投資資本は 1843 年 6,750 万・1845 年 8,850 万・1847 年 1 億 6,730 万・1850 年 2 億 4,580 万ポンド。1 マイルあたり収入は 1845 年 2,499 ポンドから 1848 年 1,833 ポンドへ下がった
  5. 年表: 1843 年の会期の認可は 91 マイル、1844 年 805、1845 年 2,700、1846 年 4,538、1847 年 1,354、1848 年 371 マイル。合計約 12,000 マイルの認可のうち約 60% が 1852 年までに建設された。1845 年 11 月 30 日に約 800 の計画が 1846 年会期のために提出された(pp.77–78)
  6. 著者の株価指数は 1845 年 7 月の 167.9 から 1849 年 10 月の 60.5 へ下がった。損失の要因は建設費が見積より約 50% 高く、営業費が収入の 40% でなく約 50%、収入が見積より 30〜40% 低かったことで、公式の見込利益は 1830 年代の 10〜15% に対し資本の約 7% に過ぎなかった(pp.78–80)
  7. 1847 年秋の恐慌はしばしば鉄道投資に帰せられ、タイムズは「鉄道と商業の生死の戦い」と書いたが、恐慌はイングランド銀行に法を破らせて流動性を出すことで収まり、鉄道投資はほとんど影響を受けなかった。1849 年に配当が減りハドソンの「創造的会計」が露見して株価は底に達した(pp.79–80)
  8. 1845 年秋の新会社設立は 10 月に頂点で、図面は 11 月 30 日までに政府の役所へ出す必要があった。この段階の計画の多くは「公衆という鳩をむしる」ための会社で、預託の損失は個人には重くても経済全体には大きくなく、本当の損失は 1846〜49 年の建設で生じた(p.95)
  9. スパックマンの表(タイムズ 1845 年 11 月 17 日): 営業中の線は資本 7,100 万ポンド(株と借入)を集め、認可済みで未完の線は株 5,100 万・借入 1,600 万ポンドの権限を持ち、新計画 1,263 は見込資本 5 億 6,300 万ポンド・約 3 万マイルに相当した。1846 年会期は 4,593 マイル・株式資本 9,546 万ポンドを認可し(Return of Railway Acts 1844–47)、1850 年までの累積資本は 2 億 4,600 万ポンドになった(pp.141, 144–145, 注 215)
  10. モリソンは 1846 年 1 月 26 日の下院で年 2,000 万ポンドが安全に使える上限と述べ、ハドソンは年 7,000 万ポンドを負担できると述べたとされる。タイムズは 3,000 万ポンドを上限とした(注 216–218)
  11. エコノミストは 1843 年に英国の鉄道網はほぼ完成と書き、1845 年 10 月 4 日に鉄道投資を抑えるよう論じたが、政府の介入は求めなかった。鉄道株は後に低い収益と低い変動の「未亡人と孤児」の投資の典型になった(pp.74–75, 注 118–120)
  12. 結論: 市場は 1840 年代に「大いに非効率」で、10 年前の通信バブルと同程度だった。将来も事前に見分けられない技術バブルがあると著者は述べる(pp.189–190)

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