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1口1ドルが97セントになった日

2008年9月16日、アメリカのある投資信託で、1口1ドルを保つはずの値段が97セントに下がりました。差は3セントです。

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3分でわかる 世界金融危機

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横に送って見られます

1 / 9

2001〜2007年

家を買うために、お金を借りる人が増えた

91,500 → 149,500ドル

1世帯あたりの住宅ローンの借金

2 / 9

2000年代

ローンは束ねられ、小分けの商品として売られた

毎月の返済を受け取る権利を、投資商品に

3 / 9

2000年代

その商品を、世界の投資家が買った

格付け会社が安全さに評価を付けた

4 / 9

2007年まで

投資銀行は、少ない自分のお金で大きく借りていた

40対1

自分のお金1に対して資産40(五大投資銀行)

5 / 9

2007年8月〜

担保が疑われ、お金の借り換えが止まり始めた

0% → 27.2%

担保から差し引かれる割合(2007年前半 → 2008年平均)

6 / 9

2008年9月16日

Lehman Brothers の破綻の翌日、MMF の1ドルが97セントになった

0.97ドル

Reserve Primary Fund の1口の値段

7 / 9

その後1週間

「先に引き出さないと損をする」と、お金が一斉に引き出された

3,490億ドル

プライム MMF 全体から1週間で

8 / 9

2008年9月16日の夜〜

中央銀行と政府が、お金を貸して支えに入った

850億ドル

Fed が保険会社 AIG に貸すと決めた最大額

9 / 9

2009年10月

仕事と家計にも届いた

失業率10.0%

2007年12月は5.0%

2数字で見る

3セント

1口あたりの損。小さな損が、大きな引き出しを呼んだ

約束の値1.00ドル
9月16日0.97ドル

3,490億ドル

1週間で、プライム MMF 全体から引き出された額

10.0%

2009年10月の失業率

2007年12月5.0%
2009年6月9.5%
2009年10月10.0%

3あなたならどうする?

2008年9月15日、Lehman Brothers が破綻しました。ほかの人が先に解約すると、自分の損が大きくなるかもしれない。投資家がこう考えたとき、どんな行動が広がりやすいでしょうか?

選んでみてください

ほかの人より先に解約を請求する

そう考える人が多いほど、請求は一度に集まります。「先に出たほうが得かもしれない」という気持ちが、一斉の解約を生む仕組みです。この事件では、15日の朝だけで108億ドルの請求が届きました。SEC の訴状によれば、その日の夕方には請求が200億ドルを超え、およそ半分が払われないままでした。早く請求した人も、すぐに受け取れたとは限りません。

ほかの人の解約を気にせず待つ

待つ人がいても、先に動く人が出れば請求は集まります。この事件で1口0.97ドルと発表されたのは、翌16日の午後4時ごろです。そのときには、請求の集中はもう前の日から続いていました。4日後、ファンドは解約の停止を SEC に求めます。

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世界金融危機(2007〜09年) / 2007〜2009年 / アメリカ合衆国・欧州 / 信用・流動性・金融危機

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2008年9月16日(火) ニューヨーク

3セントの発表

その日の午後4時ごろ、ある運用会社が1ページの発表を出しました。運用している Reserve Primary Fund が持つ Lehman Brothers の債券(額面7億8,500万ドル)を、この日の午後4時付けで価値ゼロとする。その結果、ファンドの1口の値段は0.97ドルになる、という内容です。

下がったのは、ドルという通貨の値打ちではありません。このファンドの1口の値段です。1ドル分を持っていた人の持ち分が、97セントになったということです。

Reserve Primary Fund は、集めたお金を期間の短い貸付に回し、1口の値段を1ドルに保つように運用する投資信託でした。この種類の投資信託を MMF(マネー・マーケット・ファンド)と呼びます。このファンドは1971年に作られた、世界で最初の MMF です。金融危機調査委員会(FCIC)の報告に収められた反対意見は、1口が1ドルを割ることを、MMF にとって決定的な心理の境目と呼び、ファンドに投じたお金が実際に減ったことを意味する、と書いています。

発表には、もう一つ決まりが書かれていました。この日の午後3時より前に届いた解約の請求には、1口1.00ドルで払う。早く引き出した人には1ドルが返り、残った人が損を負う形です。

ただし、引き出しはこの発表で始まったのではありません。解約の請求は前の日、9月15日の朝から積み上がり、ファンドはその15日のうちに、請求に支払いが追いつかなくなっていました。そして金融の危機そのものは、この日より1年以上前に始まっています。短いお金の市場が最初に止まったのは、2007年8月でした。危機が頂点へ向かった2008年9月16日から、時間を戻して、この日に至る道をたどります。

損は1口あたり3セントでした。それでも、このファンドが1ドルを割ってから1週間のうちに、プライム MMF と呼ばれる種類のファンド全体から3,490億ドルが引き出されます。Reserve Primary Fund 一つの額ではありません。3セントは、なぜここまで大きな意味を持ったのか。まず、前の日から順に見ていきます。

2008年9月15日(月)

前の日、Lehman Brothers が破産を申請した

月曜日、投資銀行の Lehman Brothers が連邦破産法11章の適用を申請しました。Reserve Primary Fund が持っていた Lehman の債券は、会社が短い期間だけお金を借りるときに出す証文で、コマーシャルペーパーと呼ばれます。その額7億8,500万ドルは、ファンドの総資産624億ドルの1.2% でした。

この朝だけで、108億ドルの解約の請求が届きます。ファンドの資産を預かる銀行(State Street)は、はじめは貸越しの枠で支払いを助けましたが、午前10時10分にそれをやめました。理事会はこの日、Lehman の債券を額面1ドルにつき80セントと評価しています。運用会社の経営者は、1口1ドルを守ると公に約束していました。それでもこの日から翌16日にかけて、さらに290億ドルの請求が来ます(ここまで FCIC の報告)。

ここから先の時刻の多くは、SEC が2009年5月に運用会社と経営者らを訴えた訴状によります。訴えた側の主張で、裁判所が認めた事実としてではなく読んでください。訴状によれば、15日の午後5時ごろには請求は200億ドルを超え、そのほぼ半分は払えないままでした。それでも運用会社は、その夜も1口1ドルを守ると投資家と報道に伝えています。ところが、それを支える取り決めは結ばれていなかった、と SEC は主張しています。

訴状は16日についてこう続けます。午前9時の時点で請求は約246億ドルに達し、払えたのは最初の約107億ドル分だけだった。運用会社自身も2008年11月26日の発表で、16日の午前11時から午後4時まで、1口は1.00ドルではなく0.99ドルだったと認めている。訴状の言い方では、午後4時の97セントの発表は、数時間前にすでに1ドルを割っていたことに運用会社が気づかないまま出されたものでした。

損の大きさは、総資産の1.2% でした。けれども、先に引き出した人ほど損をしない形では、損の大きさがはっきりする前に引き出すのが得になります。預金の取り付けと同じ理屈が、銀行ではない投資信託で働きました。

図1Reserve Primary Fund の2日間と、その後の1週間(2008年9月15日から)
  1. 9月15日(月)

    Lehman Brothers が破産を申請。朝のうちに解約の請求108億ドル

    Financial Crisis Inquiry Commission 第20章 pp.356–357

  2. 9月15日 午前10時10分

    資産を預かる銀行が、支払いの手助けをやめる

    Financial Crisis Inquiry Commission 第20章 p.356

  3. 9月15日

    理事会が Lehman の債券を額面1ドルにつき80セントと評価

    Financial Crisis Inquiry Commission 第20章 p.357

  4. 9月15日 午後5時ごろ

    SEC の主張: 請求は200億ドルを超え、ほぼ半分が払えないまま

    U.S. Securities and Exchange Commission 2009 第107項 p.31

  5. 9月15〜16日

    さらに290億ドルの解約の請求

    Financial Crisis Inquiry Commission 第20章 p.357

  6. 9月16日(火) 午前9時

    SEC の主張: 請求は約246億ドル、払えたのは最初の約107億ドル分

    U.S. Securities and Exchange Commission 2009 第116項 p.33

  7. 9月16日 午前11時〜午後4時

    1口は0.99ドル(運用会社が2008年11月26日に認めた、と訴状が引く)

    U.S. Securities and Exchange Commission 2009 第120項 pp.34–35

  8. 9月16日 午後3時(区切り)

    午後4時の発表で、この時刻より前に届いた請求は1口1.00ドルで払うとされる

    The Reserve (Reserve Management Company, Inc.; Board of Trustees of The Reserve Fund) 2008 発表文 第2段落

  9. 9月16日 午後4時ごろ

    Lehman の債券を価値ゼロと評価。1口の値段は0.97ドルと発表

    The Reserve (Reserve Management Company, Inc.; Board of Trustees of The Reserve Fund) 2008 発表文 第2段落(SEC 訴状 第121項 p.35)

  10. 9月16日 夜

    Fed が AIG に最大850億ドルを貸すと決める

    Board of Governors of the Federal Reserve System 2008

  11. 9月19日(金)

    財務省が MMF の保証(最大500億ドル・1年)を、Fed が MMF から資産を買う銀行への貸付を始める

    U.S. Department of the Treasury 2008

  12. 16日の4日後

    ファンドが、解約の停止を SEC に求める

    Financial Crisis Inquiry Commission 第20章 p.357

  13. 1ドル割れから1週間以内

    プライム MMF(ファンド群)全体から3,490億ドルが引き出される。このファンド一つの額ではない

    Financial Crisis Inquiry Commission 第20章 p.357

「SEC の主張」と書いた行は、SEC が2009年5月の訴状で主張した内容で、裁判所が認めた事実ではありません。

この図で分かること解約の請求は97セントの発表より前、9月15日の朝から積み上がっていたことと、1口の値段が割れて発表されるまでの順序、その後の1週間に何が起きたかが分かります。

このファンドは、もともと国債や銀行の預金証書のような堅い資産で運用していました。2006年3月には投資家に、コマーシャルペーパーには投資しないと伝えています。ところがその直後に方針を変え、18か月でコマーシャルペーパーは資産の0から半分になりました。利回りが上がって投資家が集まり、このファンドの運用グループは2006年から2008年まで、アメリカで最も速く伸びた MMF の運用グループになります。2008年の最初の8か月だけで、規模は倍になりました。

訴えの結末は、通信社の報道で伝えられています。2012年11月、陪審は運用会社の創業者とその息子を、民事の詐欺の責任からは外しました。そのうえで息子には過失の責任を、運用会社などの会社には別の訴えの項目で責任を認めています。2013年、判事は SEC が求めた1億3,000万ドル超に対して、息子に10万ドル、会社2社に32万5,000ドルずつ、合わせて75万ドルの制裁金を科しました(ロイター、2013年10月1日)。では、Lehman はなぜ、短い借金を返せなくなったのか。答えを探すために、時間を数年戻して、アメリカの家のローンから見ていきます。

時間を戻して 2001〜2007年

家を買う人の借金が増えていた

2000年代のアメリカでは、家を買うためにお金を借りる人が増えていました。1世帯あたりの住宅ローンの借金は、2001年の91,500ドルから2007年の149,500ドルになります。

家の値段も上がりました。アメリカの住宅価格の指数(FHFA 住宅価格指数、全取引)は、2004年第1四半期の299.98から毎年上がり、2007年第1四半期の380.31で頂点を付けます。

FCIC は、住宅ローンの貸出の基準が崩れたことを、危機の原因の一つに数えています。警告が無かったわけではありません。返済の力が弱い借り手への貸出(サブプライム)の急増や、続くはずのない住宅価格の上昇について警告はあったのに、無視された、というのが FCIC の結論です。

格付け会社は、アメリカ全国の住宅価格が下がることは戦後に無かった、という前提に立って安全さを評価していました(Brunnermeier)。延滞は2007年2月に増え始めます。

同じ時期(2000年代) ローンの行き先

ローンが、世界中で売り買いされる商品になった

家のローンが増えていたのと同じ時期に、ローンの行き先も変わっていました。以前の銀行は、貸したローンを返済が終わるまで自分で持つのが基本でした。この時代には、貸したローンを自分の帳簿に残さずにまとめて売り、そのお金でまた貸す形が広がります。貸したまま持つ銀行から、ローンを組み立てて売り先に配る(組成して分配する)銀行へ、という変化です。

買ったのは投資銀行などです。たくさんのローンを束ね、毎月の返済を受け取る権利を小分けにして、投資商品として売ります。格付け会社がその安全さに評価を付け、世界の投資家が買いました。

図2住宅ローンが、世界の投資家の商品になるまで
  1. 家を買う人住宅ローンを借りる。毎月、返済する
  2. ローンを貸した会社・銀行ローンを手元に置かず、まとめて売る
  3. 投資銀行などたくさんのローンを束ね、返済を受け取る権利を小分けにした証券をつくる。格付け会社が評価を付ける
  4. 世界の投資家銀行・ファンドなどが証券を買う。返済のお金は、借り手から投資家へ届く

流れを簡略化した説明です。実際には、束ねた証券をさらに束ね直す商品(CDO)や、銀行の外に置いた器(SIV・導管体)など、もっと多くの段がありました。詳しくは「深める」で読めます。

この図で分かること家を買う人の住宅ローンが、どの道筋を通って、世界の投資家が持つ商品になったかが分かります。

ローンのように、この先お金を受け取る権利を束ねて小分けにし、売り買いできる商品にすることを、証券化と呼びます。こうしてローンが返されないかもしれない危険は、証券を買った世界中の投資家に散らばりました。ただし、作った投資銀行も自分で証券を持っていました(次の章)。どこに、どれだけあるのかは、外から見えにくくなります。

格付けは後に崩れます。2006年に最上位の AAA とされた住宅ローンの証券のうち、83% が後に格下げされました。FCIC は、格付け会社なしにこの危機は起きなかった、と結論しています。

2000〜2007年 お金の借り方

長く持つ資産を、毎日借り換えるお金で

投資銀行は、ローンの証券を作って売るだけでなく、自分でも持っていました。その代金の多くは、自分のお金ではなく借りたお金です。しかも借入の多くは、翌日には返す約束のごく短いお金でした。翌日返す約束の借入が総資産に占める割合は、2000年から2007年でおよそ2倍になっています。

借り方はこうです。持っている証券を担保に差し出してお金を借り、翌日に返して、また借りる。形の上では、証券をいったん売って、決まった日に買い戻す約束です。この取引をレポと呼びます。

大手5社の投資銀行は、FCIC の一つの物差しで、自分のお金(資本)1に対して40の資産を持っていました。資産の値が3% 弱下がるだけで、自分のお金が消える計算です。自分のお金の何倍の資産を借入で持つかを、レバレッジと呼びます。

図3長く持つ資産と、毎日借り換える借入

持っていたもの(資産)

住宅ローンを束ねた証券

  • 返済のお金は、長い年数をかけて少しずつ戻る
  • 不安が広がると、値を崩さずに売るのが難しい

借りていたもの(負債)

翌日には返す約束の借入(翌日物のレポ)

  • 毎日借り換える
  • 貸し手が断れば、翌日には返さなければならない

例: Bear Stearns(2007年末)

  1. 資本(自分のお金)118億ドル
  2. 負債(借りたお金)3,836億ドル
  3. 翌日物で借りていた額(最大)700億ドル

この図で分かること長い年月で戻ってくる資産を、毎日借り換える短いお金で持つと、貸し手が手を引いた翌日に資金が足りなくなることが分かります。

出所: Financial Crisis Inquiry Commission 結論 p.xix

Reserve Primary Fund が持っていたコマーシャルペーパーも、こうした短い借入の一つでした。MMF は、投資銀行や会社に短いお金を貸す側にいたのです。

ニューヨーク連銀の職員論文は、MMF のように、預金保険や中央銀行の貸出の窓口に頼れないまま銀行のように働く仲介者の集まりを、シャドーバンキング(影の銀行)と呼んでいます。その負債は2007年6月に22兆ドル近くあり、伝統的な銀行の約14兆ドルを上回っていました。

2007年8月〜2008年3月

担保が疑われると、借り換えが止まる

毎日借り換える仕組みは、貸す側が担保を信用している間だけ回ります。レポでお金を貸す側は、受け取った担保の値より少ない額しか貸しません。担保の値が下がっても損をしないための差し引きです。この差し引く割合を、ヘアカットと呼びます。

住宅ローンの延滞が増えると、ローンを束ねた証券の値が信用されなくなりました。貸す側はヘアカットを大きくします。借りる側から見ると、同じ担保で借りられるお金が減り、足りない分をすぐに用意しなければなりません。

図4担保の値が信用されなくなると、借りられる額が減る

仮定値・実際の市場平均ではない

  1. 不安が無いとき

    担保の値100差し引く割合(ヘアカット) 0%借りられる額100

  2. 担保の値が信用されなくなったとき

    担保の値100差し引く割合(ヘアカット) 20%借りられる額80足りなくなる額20

実際の記録 — 国債以外の9種類の担保の平均ヘアカット

  1. 2007年前半0.0%
  2. 2007年後半3.9%
  3. 2008年平均27.2%

2008年末の頂点は50% 近く

この図で分かること担保の値が信用されなくなると、同じ担保で借りられる額が減り、足りない分を急いで用意しなければならなくなる仕組みが分かります。

出所: Gary B. Gorton, Andrew Metrick 2009 表 I Panel D/E・序論 p.5

国債以外の9種類の担保の平均で、ヘアカットは2007年前半の0.0% から、後半3.9%、2008年の平均で27.2% へ上がりました。Gorton と Metrick は、これを預金の引き出しに代わる取り付けだと整理しています。窓口に人は並ばなくても、お金は引き揚げられていました。

足りないお金をつくるために担保を売れば、値はさらに下がり、ヘアカットがまた上がります。必要なときに値を崩さずに現金に替えられること、またはお金を借りられることを、流動性と呼びます。この危機では、まず流動性が失われました。

最初に止まったのは2007年8月です。8月9日、フランスの BNP Paribas が3つのファンドの解約を止め、欧州中央銀行は950億ユーロ、Fed は240億ドルを翌日物で市場に出しました。Gorton と Metrick は、この8月を最初の体系的な出来事と呼んでいます。

2008年3月、投資銀行の Bear Stearns がレポで資金を得られなくなります。図3で見た、自分のお金に比べて借入の大きい会社です。3月16日の日曜日、JPMorgan が1株2ドルで買うと発表し、ニューヨーク連銀は Bear の資産を引き取るために288億2,000万ドルを貸しました。

Reserve Primary Fund も、Bear にレポで貸していました。運用担当者は FCIC の聞き取りに、破綻寸前の2日前まで貸していたこと、そして Bear が救われた後は、もっと大きな投資銀行が困っても政府が救うと考えていたことを語っています。FCIC はこの考えを、ほかの多くの投資の専門家と同じものとして記しています。この見込みは、半年後の9月15日に外れました。

2008年9月7日〜10月3日

9月7日から10月3日まで

9月7日、住宅金融の2社、Fannie Mae と Freddie Mac が政府の管理下に入りました。15日に Lehman が破産を申請し、16日に Reserve Primary Fund の1口が97セントになります。同じ16日の夜、Fed は保険会社の AIG に最大850億ドルを貸すと決めました。

ここで最初の問いに戻ります。3セントが大きな意味を持った理由は、値下がりの大きさではなく、その先の経路にあります。一つ目は、引き出しが引き出しを呼んだことです。FCIC によれば、このファンドが1ドルを割った後、取り付けは Lehman の債券を持っていない MMF にまで及びました。持っていないことは開示で知られていたのに、投資家は、ほかの投資家が先に引き出すことを恐れて引き出したのです。プライム MMF と呼ばれるファンド群全体から、1週間のうちに3,490億ドルが流れ出ました。

二つ目は、その流出が、短い借入の市場を細らせたことです。MMF は解約に払う現金をつくるために持っている証券を売ろうとしましたが、買い手はほとんどいませんでした。FCIC の調査では、大手の MMF の多くが Lehman の破綻の後の1週間、金融会社のコマーシャルペーパーを買おうとしなくなり、減らし方の大きかった5社は保有を580億ドルから290億ドルへ半分にしています。コマーシャルペーパーの金利は、かつてない上がり方をしました。三つ目は、その市場で借りていた会社に届いたことです。金融会社だけでなく、給与や在庫の支払いのような目の前の費用をコマーシャルペーパーでまかなっていた一般の会社も、資金を借りにくくなりました(FCIC 報告 pp.357–358)。

止まった流れの代わりを出したのは、国と中央銀行です。9月19日、財務省は為替安定基金から最大500億ドルで MMF を1年間保証すると発表し、Fed は MMF から資産を買い取る銀行に資金を貸す制度を設けました。この制度は最初の2週間で銀行に1,500億ドルを貸し、二つの制度は MMF の取り付けをすぐに遅らせます(FCIC 報告 p.359)。10月3日には、金融機関から不良資産を買う権限を最大7,000億ドルまで認める緊急経済安定化法が成立しました。10月13日、財務長官は大手9社の経営者をワシントンに呼び、国が資本を入れる案を示します。9社はそろって受け入れました。財務省は翌14日、銀行の優先株を最大2,500億ドル買う資本購入プログラムを発表し、10月28日に9社のうち8社へ合わせて1,150億ドルを入れています(FCIC 報告 pp.373–374、財務省の議会への報告)。

Lehman を救わなかったことが唯一の分かれ道だった、とよく言われます。けれども取り付けは2007年の夏に始まり、Lehman の後に頂点を付けました(ニューヨーク連銀の論文)。FCIC の反対意見は9月7日から10月3日までの連鎖を並べ、パニックを Lehman だけに帰すのは誤りだとしています。Lehman を救えたか、救うべきだったかは、資料の上でもまだ開いた問いです。

図52007〜2009年の主な出来事と、それがなぜ重要か
  1. 2007年2月

    住宅ローンの延滞が増え始める

    なぜ重要か危機の引き金です。ただし損の大きさだけでは、その後の危機の大きさを説明できません。

    Markus K. Brunnermeier 2009

  2. 2007年8月9日

    BNP Paribas が3つのファンドの解約を止め、欧州中央銀行と Fed が資金を出す

    なぜ重要か短いお金の市場が止まった最初の大きな出来事です。Gorton と Metrick は、2007年8月を最初の体系的な出来事とします。

    Markus K. Brunnermeier 2009

  3. 2008年3月16日

    Bear Stearns の買収が発表され、Fed が投資銀行にも貸す窓口を開く

    なぜ重要か短いお金に頼る投資銀行が、その週のうちに資金を得られなくなりました。投資銀行に中央銀行の貸出の窓口が開いたのは、このときが初めてです。

    Board of Governors of the Federal Reserve System 2008

  4. 2008年9月7日

    Fannie Mae と Freddie Mac が政府の管理下に入る

    なぜ重要か10月3日の法律の成立まで続く、9月の連鎖の始まりです。

    U.S. Department of the Treasury 2008

  5. 2008年9月15日

    Lehman Brothers が破産を申請する

    なぜ重要か取り付けは、この後に頂点を付けました。ただし分かれ道はこれ一つではありません。

    Financial Crisis Inquiry Commission

  6. 2008年9月16日

    Reserve Primary Fund の1口が0.97ドルに。Fed が AIG に最大850億ドルを貸すと決める

    なぜ重要かこのファンドの解約は前の日から止まらなくなっていました。1ドルを割った後、取り付けは Lehman の債券を持たない MMF にも広がり、コマーシャルペーパーの市場が細ります。

    Board of Governors of the Federal Reserve System 2008

  7. 2008年10月3日

    緊急経済安定化法が成立する(不良資産を買う権限は最大7,000億ドル)

    なぜ重要か国が金融機関に資本を入れる道具ができました。10月13日には大手9社が国の資本を受け入れることに同意し、28日に8社へ1,150億ドルが入ります。

    110th Congress of the United States 2008

  8. 2008年12月16日

    Fed が政策金利の目標を0〜0.25% の幅に置く

    なぜ重要か金利がゼロに着いたときの道具として、この後は長い期間の証券の買入れが使われていきます。

    Federal Open Market Committee 2008

  9. 2009年6月

    アメリカの景気が谷を付ける(縮んだ期間は18か月)

    なぜ重要か景気の縮みはここで終わりました。けれども失業率の頂点は、この後の2009年10月でした。

    National Bureau of Economic Research, Business Cycle Dating Committee

この図で分かること2007年の延滞の増加から2009年の景気の谷まで、主な出来事がどの順で起き、それぞれがなぜ重要だったかが分かります。

詳しく読む: 年表(50件)

2007年12月〜2009年10月、そしてその後

仕事と家

給与や在庫の支払いのお金を、コマーシャルペーパーという短い借入で用意していた会社もありました(FCIC 報告 p.358)。9月の金融の市場の混乱は、この経路で、会社の支払いと働く人の給料に届く所まで来ていました。ただし、景気の縮みは9月より前に始まっています。アメリカの景気は2007年12月に山を付け、2009年6月の谷まで18か月縮みました(NBER)。失業率は2007年12月の5.0% から2009年10月の10.0% へ上がり、2008年に360万、2009年12月までにさらに470万の仕事が失われました。

図6アメリカの失業率(16歳以上・季節要因を除く)
  1. 2007年3月4.4%
  2. 2007年12月5.0%景気の山
  3. 2008年6月5.6%
  4. 2008年9月6.1%
  5. 2008年12月7.3%
  6. 2009年3月8.7%
  7. 2009年6月9.5%景気の谷
  8. 2009年10月10.0%
  9. 2010年6月9.4%
  10. 2010年12月9.3%

BLS の月次系列から抜いた点。景気の山は2007年12月、谷は2009年6月(NBER)。

この図で分かること金融の危機が、景気の山から谷を経て、失業率の上昇として仕事と家計に及んだ時期と大きさが分かります。

出所: U.S. Bureau of Labor Statistics LNS14000000

家の値段は下がり続け、FHFA 住宅価格指数(全取引)は2007年第1四半期の380.31から2012年第2四半期の308.14へ、19.0% 下がりました。FCIC は報告の印刷時点で、約400万世帯が差押えで家を失い、2,600万人を超える人が、仕事を失うか、十分に働けないか、仕事を探すのをあきらめた状態にあったと書いています。

誰が払ったのかを数えると、三つの層が見えます。一つ目は、損を負った投資家・借り手・金融機関です。9月16日のファンドでは、早く引き出した人が全額を受け取り、残った人が損を負いました。担保を失って売った借り手と、資本を削られた金融機関もここに入ります。二つ目は国です。国が約束した支援は、AIG に1,800億ドル超、Fannie Mae と Freddie Mac に2010年第3四半期までに1,510億ドル、大手9社への資本の割り当てが1,250億ドルでした。三つ目は、仕事と家を失った人々です。

国の支援が最後に損になったのか得になったのかは、支援ごとに違います。AIG への支援では、財務省と Fed が約束した合わせて1,823億ドルを2012年12月までに全額取り戻し、さらに227億ドルの利益(財務省50億ドル、Fed 177億ドル)が出ました。銀行などへの資本の注入や住宅の支援を含む TARP 全体では、2023年9月30日までにすべての制度が終わり、使ったお金4,435億ドルに対して、最後に残った費用は約311億ドルです。その多くは、家を差押えから守るための支援の分でした(財務省)。Fannie Mae と Freddie Mac への支援の最終的な損益は、ここに挙げた資料からは分かりません。

2008年10月〜2009年 日本

日本の輸出と仕事にも届いた

危機は日本にも届きました。財務省の貿易統計(速報)では、日本の輸出額は2009年1月に前の年の同じ月より45.7%、2月には49.4% 減っています。どちらの月も、減った品目の先頭は自動車と、半導体などの電子部品でした。2009年の1年間では、輸出額は前の年より33.1% 減りました。

国内総生産(GDP)も大きく縮みました。2008年10〜12月期の実質 GDP は、前の期より年率で12.7% 減った、と2009年2月16日の最初の速報(1次速報)は伝えています。GDP の数は後から何度も改められます。2026年9月8日に公表された系列では、同じ期は年率9.2% の減少です。GDP の数を読むときは、いつ公表された数かを確かめる必要があります。

仕事にも届きました。厚生労働省が全国の労働局とハローワークを通じて集めた報告では、2008年10月から2009年3月までに契約の打ち切りなど(雇止め等)が実施済みか予定とされた非正規の労働者は、2008年12月19日の時点で1,415件、約8万5,000人でした。そのうち派遣で働く人が5万7,300人(67.4%)です。「派遣切り」と呼ばれた出来事です。2009年9月18日の時点の報告では、対象の期間を2009年12月まで広げて23万8,752人、うち派遣が14万1,619人(59.3%)でした。これらは事業所への任意の聞き取りで分かった数で、仕事を失ったすべての人の数ではありません。

日本銀行は2008年10月31日と12月19日に政策金利を下げ、無担保コールレートの誘導目標を0.1% 前後としました。

振り返る

原因は一つではない

97セントの日から逆にたどると、ここまでの流れは次の図のようになります。

図797セントの日から、逆にたどる
  1. 2008年9月16日MMF の1口が0.97ドルに。1週間のうちに、プライム MMF(ファンド群)全体から3,490億ドルが引き出され、コマーシャルペーパーの市場が細る
  2. 2008年9月15日MMF が短いお金を貸していた Lehman Brothers が、破産を申請する。このファンドの解約はこの日の朝から積み上がる
  3. 2007年8月〜2008年3月担保が疑われてヘアカットが上がり、借り換えが止まり始める
  4. 2000〜2007年投資銀行は資本1に対して資産40。資産を翌日物の借入で持つ
  5. 2000年代ローンが束ねられ、世界の投資家が持つ商品になる
  6. 2001〜2007年家を買う人の借金が増え、貸出の基準が崩れる
  1. 2009年10月失業率は10.0% に

この図で分かること9月16日の3セントが、数年かけて積み重なった住宅ローン・証券化・短い借入・担保の連鎖の端だったことが分かります。

最初の場面に戻る

原因は一つに決められていません。融資審査のゆるみ、証券化、過大な借入、短期資金への依存、規制と監督の不備が重なっています。FCIC の多数意見は規制と監督の失敗を中心に置き、3人の委員は一つの原因ではどれも足りないとして10の本質的な原因を挙げ、別の1人の委員は政府の住宅政策を必要条件としました。

この事件から今に残るのは、値段ではなく、お金の置き場所の問題です。預金保険と最後の貸し手は銀行の預金を守るために作られましたが、2007年には資金の多くがその外にありました。Fed が海外の中央銀行を通じてドルを貸す仕組みは常設になり、2020年3月にも使われています。

もっと詳しく

ここから先は、もとの教材の本文・年表・図・研究者の見方を、省かずに読めます。見出しを押すと開きます。

詳しく読む専門用語で読む要約

2007年夏、米国の住宅ローンを束ねた証券の値下がりが、預金ではなく担保付きの短期資金(レポ・ABCP・MMF)で回る仕組みを止めた。取り付けはレポのヘアカットの上昇として現れ(2007年前半0% → 2008年平均27.2%)、2008年9月15日の Lehman 破綻、翌日の MMF の額面割れと AIG への850億ドルの貸付で頂点を付けた。Fed は政策金利を5.25% から0〜0.25% へ下げ、海外中央銀行へのスワップの残高は6,000億ドル弱に達し、国は7,000億ドルの購入権限と MMF の保証で応じた。失業率は5.0% から10.0% へ上がった。

もとの問いリーマンショックはなぜ起きたのか。住宅価格が下がっただけで、なぜ金融システムが止まったのか。

詳しく読む何が起きたか — 年表(50件)

投資銀行の総資産に占める翌日物レポの比率は、2000年から2007年でおよそ2倍になりました。住宅金融の Fannie Mae と Freddie Mac を合わせたレバレッジは、2007年末に75対1でした(FCIC)。ニューヨーク連銀の職員論文が「影の銀行」と呼ぶ仲介者の負債22兆ドル近く(2007年6月)には、預金保険も割引窓口もありませんでした。

引き金は住宅ローンの延滞で、2007年2月に増え始めます。6月中旬に Bear Stearns の2つのヘッジファンドが追証に応じられず、Bear は32億ドルを注ぎました。7月には資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)の市場が乾き、ドイツの IKB が35億ユーロの救済を受け、7月31日には American Home Mortgage が資金繰りに窮します。8月9日の BNP Paribas の解約凍結をはさんで、ABCP の平均金利は8月8日から10日で5.39% から6.14% へ跳ね、3か月 LIBOR と OIS の差は8bp 前後から8月に急騰しました。

Fed の初動は公定歩合でした。8月17日に primary credit rate を50bp 下げて5.75% とし、貸付期間を30日に延ばします。9月18日に FF 金利の目標を50bp 下げて4.75%、10月31日に4.50%、12月11日に4.25%。翌12月12日、割引窓口の借入を嫌う銀行のために期間資金を入札で配る TAF を新設し(初回200億ドル・28日物)、同時に ECB と200億ドル、SNB と40億ドルの通貨スワップを承認しました。BIS の論文によれば、スワップは TAF を計画する中で ECB の側が求めたもので、欧州の銀行のドル資金不足に応えるものでした。

2008年1月22日、Fed は定例会合の外で75bp 下げて3.50%、1月30日に3.00% としました。3月11日には TSLF を発表します。Fed が国債の売買で取引する証券会社(プライマリー・ディーラー)に、国債を最大2,000億ドルまで、28日の期間で貸す仕組みです。担保には政府機関債や住宅ローン担保証券などを受け取りました。その週、Bear Stearns はレポ市場で資金を得られなくなります。3月14日にニューヨーク連銀が JPMorgan 経由で129億ドルを貸し、16日(日曜)には Bear の資産299億7,000万ドルを Maiden Lane LLC が引き取りました。連銀が288億2,000万ドルを貸し、JPMorgan の11億5,000万ドルの劣後融資が最初の損失を負う形です。JPMorgan は1株2ドルで買収を発表し、3月24日に10ドルへ引き上げました。同じ日曜、Fed は投資銀行に初めて割引窓口を開く PDCF を設け、公定歩合を3.25% に下げます。3月18日に FF 目標は2.25%、4月30日に2.00% になりました。

9月7日に Fannie Mae と Freddie Mac を管理下に置いたとき、財務省は両社の純資産を正に保つ優先株購入契約と信用枠、住宅ローン担保証券(MBS)の購入をあわせて発表しました。9月14日(日曜)、Fed は「大手金融機関の解体」に備えて、PDCF で受け取る担保を三者間レポの担保の範囲へ広げています。16日の夜に決めた AIG への最大850億ドルの貸付は、連邦準備法13条3項による、期間24か月、金利は3か月 LIBOR+850bp、政府が79.9% の持分を得る条件でした。Lehman の債券で同じような損を出したほかの MMF は、運用会社に支えられました。その後2年で、62の MMF が1口1ドルを割らないための支えを受けています。

9月21日に Goldman Sachs と Morgan Stanley が銀行持株会社となり、25日に Washington Mutual が FDIC の管理へ移り、29日に下院が法案をいったん否決します。10月3日に成立した緊急経済安定化法では、不良資産の購入権限は段階制で、成立時に2,500億ドル、大統領の証明で3,500億ドル、議会が15日以内に不承認しなければ7,000億ドルでした。預金保険の上限は10万ドルから25万ドルへ、2009年末まで臨時に引き上げられています。資本購入プログラムで国が買ったのは、最初の5年は配当5%、その後は9% になる優先株です。9社への割り当ては Citigroup・JPMorgan・Wells Fargo に250億ドルずつ、Bank of America に150億ドル、Merrill Lynch・Morgan Stanley・Goldman Sachs に100億ドルずつ、BNY Mellon に30億ドル、State Street に20億ドルの計1,250億ドルで、9社の資産は合わせて11兆ドルを超え、米国の銀行の資産の約75% に当たりました。10月28日に8社へ1,150億ドルが入り、残る1社の分は2009年1月31日より前とされました。

10月8日に FF 目標は1.50%、29日に1.00% へ下がり、10月中旬にはスワップ線の上限が外されました。残高はその2か月後に6,000億ドル弱で頂点を付けます。2008年のユーロダラー負債は13兆ドル弱でした。11月25日、Fed は GSE 債を最大1,000億ドル、GSE が保証する MBS を最大5,000億ドル買うと発表し、12月16日に FF 金利の目標を0〜0.25% の幅に置きました。Fed の総資産(全連銀の連結)は、2007年11月28日の882,848百万ドル(約8,828億ドル)から、2008年12月17日の2,311,893百万ドル(約2兆3,119億ドル)へ膨らんでいます(Fed の週ごとの統計 H.4.1)。FCIC は、2008年9月末までに67% 増えて1.5兆ドルになったと書いています。日本銀行は10月31日に無担保コールレートの誘導目標を0.3% 前後へ下げ(賛成4反対4、議長裁決)、12月19日に0.1% 前後へ下げて、長期国債の買入れを年16.8兆円に増やしました。

失業率は、景気の谷の2009年6月に9.5%、その後の10月に10.0% でした。FCIC は報告の印刷時点で、家計の資産が11兆ドル近く失われたとも書いています。

出来事の順 出所: Board of Governors of the Federal Reserve System
  1. 2006
    • 6月29日FF 金利の目標5.25%(2004年6月30日の1.25% から続いた17回連続の25bp 引上げの最後)
  2. 2007
  3. 2008
  4. 2009
  5. 2011
  6. 2012
    • 2012年第2四半期、FHFA 住宅価格指数(全取引)が谷の308.14に(2007年第1四半期の頂点380.31から19.0% 下落) U.S. Federal Housing Finance Agency
    • 11月陪審の評決: Reserve の創業者と息子は民事の詐欺の責任を問われず。息子に過失、会社に別の訴因で責任(報道) Reuters 2013
    • 12月14日財務省が最後の AIG 株を売り、AIG への約束1,823億ドルを全額回収(利益227億ドル) U.S. Department of the Treasury 2012
詳しく読むお金はどう動いたか — 数の推移の図(3枚)

Gorton と Metrick は、伝統的な銀行の準備・預金保険・預金金利に当たるものが、レポではヘアカット・担保・レポ金利だと整理しました。預金保険の上限10万ドルを超える大口の資金は、預金の代わりに、担保を受け取って貸すレポへ向かっていたからです。

国債を除く9種の担保のヘアカット指数は、2008年末の頂点で50% 近くになりました。値の付かない ABS や MBS は2008年平均で68.0%、AA から AAA の CDO でも53.5% です。いくつかの担保は取引そのものが止まり、それはヘアカット100% と同じ意味を持ちます。著者たちの計算では、レポ市場を10兆ドルとすれば、平均ヘアカットが20% に上がるだけで2兆ドルの資金が足りなくなります。

Brunnermeier は、住宅ローンの損失が数千億ドルであるのに対し、2007年10月からの1年で失われた米国株式の時価が8兆ドルに達した理由を、四つの増幅機構で説明します。第一に借り手の貸借対照表。レバレッジ10倍の投資家は資産が5% 下がると保有を半分に減らさねばならず、その売りが値を下げ、値下がりがマージンを上げます(損失スパイラルとマージン・スパイラル)。第二に貸し手の側で、自分の資金繰りが読めない銀行は資金を貯め込みます。第三に取り付けで、ABCP の借換え拒否、Bear からのヘッジファンドの資金引揚げ、AIG への CDS の担保請求がそれに当たります。第四にネットワークで、相殺できる持ち高が取引相手への不安のために相殺されず、Lehman 破綻後の9月15日から19日に投資銀行同士が互いの CDS を買いました。

Fed の道具は三つの群に分かれます。最後の貸し手としての短期流動性(割引窓口・TAF・PDCF・TSLF)と海外の中央銀行へのスワップ、主要な信用市場の借り手と投資家への直接の流動性(CPFF・AMLF・MMIFF・TALF)、そして長期証券の買入れです。スワップの残高は6,000億ドル弱で頂点を付け、1960年代の数億ドルと桁が三つ違います。

TARP で使われたお金4,435億ドルに対し、2023年9月30日までの回収は4,255億ドルで、AIG の追加の株式の売却益175億ドルを含めると4,431億ドルでした。AIG については、財務省が最後の AIG 株の売却代金を2012年12月14日に受け取り、Fed とあわせた回収がこの日に終わっています。

FF 金利の目標(引下げの実施日ごとの水準)(%)0355.252006/64.752007/94.5104.25123.52008/1312.253241.5101100.2512幅0〜0.25の上端
Fed の表の実施日ごとの水準。2008年12月16日は0〜0.25% の幅で、図は上端の0.25を置く。 出所: Board of Governors of the Federal Reserve System 2006〜2008年の表
失業率(16歳以上・季節要因を除く)(%)05104.42007/3512景気の山5.62008/66.197.3128.72009/39.56景気の谷10109.42010/69.312
BLS の月次系列から抜いた点。景気の山は2007年12月、谷は2009年6月(NBER)。 出所: U.S. Bureau of Labor Statistics LNS14000000
FHFA 住宅価格指数(全取引、米国、1980年第1四半期=100)(指数)0190380299.982004333.342005368.222006380.312007頂点371.832008350.342009325.82010314.652011308.142012/Q2谷316.242013
各年第1四半期の値と谷。名目・季節要因を除いていない。頂点は2007年第1四半期の380.31、谷は2012年第2四半期の308.14。 出所: U.S. Federal Housing Finance Agency USA の四半期値(2026-10-23 取得の CSV)
詳しく読むよく聞く話は本当か

「サブプライムの損失そのものが危機を起こした」。損失は引き金でしたが、規模の説明にはなりません。Brunnermeier は住宅ローンの損失を数千億ドル、失われた株式の時価を8兆ドルとし、その差を増幅機構に求めます。Gorton と Metrick は、サブプライムの弱体化それ自体は体系的な問題を起こしたショックではなく、2007年8月のレポ市場のショックがそれだと書きます。ニューヨーク連銀の論文は、格付け会社・リスク管理者・投資家・規制当局のすべてが資産価格の相関を過小評価したことに、民間の保証が崩れた理由を求めています。

「誰も予見しなかった」。FCIC は、警告はあったが無視されたと結びます。サブプライム貸出と証券化の急増、持続不能な住宅価格、略奪的貸付の報告、家計の住宅ローン負債の急増、翌日物のレポ市場の膨張がそれです。Brunnermeier も、2007年初めには多くの観察者が流動性バブルの危険を懸念していたが、波に乗る方が有利と見られていたと書き、大手銀行の経営者の7月10日の発言(音楽が鳴っている限り踊る)を引きます。予見した人はいました。動かなかったのは仕組みの方です。

「Lehman を救わなかったことだけが分岐点」。Gorton と Metrick は2007年8月を最初の体系的事象、Lehman を第二とします。FCIC の多数意見の側も、Bear を救い、GSE を管理下に置き、Lehman を救わず、AIG を救うという一貫性の無さが不確実性を増したと評価しています。分岐点は一つではありませんでした。

Lehman を救えたか、救うべきだったかは、まだ答えの出ていない問いです。Brunnermeier は、買い手が政府保証を求め、財務省と Fed が保証を出さなかったと記します。FCIC の反対意見は、当局が他の破綻機関に取った行動から見て、使える選択肢があれば取っただろうと書きます。当局自身の説明は2008年9月16日の FOMC の議事録にあり、BIS の論文がその議論を引いています。

「サブプライムの損失そのものが危機を起こした」

一部は事実出どころ: 広く言われる説(最初に言った人は分かっていない)

Markus K. Brunnermeier 2009 Gary B. Gorton, Andrew Metrick 2009 Zoltan Pozsar, Tobias Adrian, Adam Ashcraft, Hayley Boesky 2012

「誰も予見しなかった」

裏付けなし出どころ: 広く言われる説(最初に言った人は分かっていない)。FCIC は「ウォール街とワシントンの多くが予見も回避もできなかったと言う」と記す

Financial Crisis Inquiry Commission Markus K. Brunnermeier 2009

「Lehman を救わなかったことだけが分岐点」

争いあり出どころ: 広く言われる説(最初に言った人は分かっていない)

Zoltan Pozsar, Tobias Adrian, Adam Ashcraft, Hayley Boesky 2012 Gary B. Gorton, Andrew Metrick 2009 Financial Crisis Inquiry Commission

詳しく読む今とのつながり

この事件から今に残るのは、値段ではなく、資金の置き場所の問題です。担保の値と借り手の支払能力が同じ向きに動くとき、ヘアカットの上昇は預金の引出しと同じ働きをします。この構造は、現代のお金の科目の「短く借りて長く持つ」「担保の値が落ちたとき」と、繰り返す構造の「信用には、何を差し出すのか」「『安全』は、誰が約束しているのか」で扱います。

最後の貸し手の形も変わりました。Fed が海外の中央銀行を通じてドルを貸すスワップ線は常設になり、2020年3月25日の週には2,050億ドルが引き出されました。政策金利は2008年12月に0〜0.25% に着き、長期証券の買入れが道具になります。

MMF の取り付けは、2020年3月にも起きました。米国の大統領金融市場作業部会の報告(2020年12月)によれば、一般に売られている機関投資家向けのプライム MMF からは、3月11日から24日の2週間で資産の30%(約1,000億ドル)が純額で引き出されました。2008年9月に同じ種類のファンドから2週間で出ていった額は、最も大きいときで資産の約26%(約3,500億ドル)です。

2023年3月10日には、カリフォルニア州の Silicon Valley Bank が州の当局に閉鎖され、FDIC が管財人になりました。2022年12月31日の時点で、総資産は約2,090億ドル、預金は約1,754億ドルです。閉鎖の時点で、預金保険の上限を超える預金の額はまだ確定していない、と FDIC は発表しています。

SEC は2023年7月12日に MMF の規則を改め、10月2日に効力が生じました。流動性が足りなくなったときにファンドの理事会が解約を一時止められる仕組み(ゲート)を外し、流動性の水準と手数料の結び付きも外しています。そのうえで、機関投資家向けのプライム MMF と非課税 MMF には、純解約が純資産の5% を超えたとき、解約する人に流動性手数料を課すことを義務づけました。1日で現金にできる資産と1週間で現金にできる資産の下限は、それぞれ25% と50% に上がっています。

詳しく読む比較の限界

1907年の恐慌とは、決済の中心の外にいた仲介者に取り付けが向かった点で並べられます。違うのは、金本位と私的な手形交換所か、中央銀行と証券化・レポかという仕組みの場所です。数値の比較はしません。

1980年代の日本の資産バブルとは、不動産の値段と貸出が結びつき、値段の下落が貸し手の帳簿を壊した点で並べられます。違うのは、日本は銀行の貸出と土地の担保が中心で、証券化・レポ・MMF は主役でなく、崩れる速さも数年と数週間で桁が違うことです。「1929年=2008年」の同一視はしません。チューリップ狂やマドフの詐欺とは仕組みに共通項が無いため、並べません。

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図と本文の数が、どの資料のどこから来ているか。数値台帳・図の出どころ・資料の層・参考文献を、別のページにまとめました。

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