言葉の由来
お金の言葉が、どこから来たのかをたどります。

見えない糸で国を動かす商会
十九世紀、ある商会は戦争の資金を動かし、新興国家の銀行設立にも名を連ねました。損を分け合う仕組みから生まれた商会は、時に王よりも大きな力で国を動かす存在になります。

形容詞がなった貨幣の名、グルデン
もとは「金の」を意味する形容詞だったグルデン。その名は金属から離れ、やがて帳簿の中の計算単位として、ひとつの貨幣の歴史を形作っていきます。

危険を分け、利を分ける仕組み
戻らない船もある航海では、危険を分ける仕組みが要りました。一隻に少しずつ、何隻にも分けて出す。この発想はのちの株式会社の骨格となり、近代の資金調達の柱へと育っていきます。

鋳貨法という物差し
合衆国が生まれたあとも、よその国の銀貨が法定通貨であり続けました。ある国の貨幣のあり方を定め、変える力を持つ法律、それが鋳貨法です。

織機が呼び寄せた銀 フランドルの毛織物と貨幣
海の向こうから届く羊毛を織り、フランドルの街は急成長しました。休みなく動く織機は糸だけではなく、銀を呼び寄せ、やがて大型の銀貨が打たれます。

12と20で数えた貨幣
千九百七十一年、イギリスで千年をこえて続いた貨幣の数え方が終わりました。一ポンドが二十シリング、一シリングが十二ペンス。この入り組んだ勘定の起源は、海の向こうの大陸にありました。

名を運んだ獅子の銀貨
ニューヨークの名物、ウォール街。その名はオランダ人が築いた防壁に由来します。私たちが使うドルの名もまた、オランダの言葉を経て、海を渡ってきました。

品位を落とす罪と、死刑という罰
アメリカの鋳貨法は、造幣局の役人が貨幣の品位を不正に落とした場合、死刑を科すと定めていました。金属に含まれる貴金属の割合を示す「品位」は、なぜそれほど重い意味を持ったのでしょうか。

王が受け取った年金という約束
フランスからイングランドの王へ、年金が支払われました。老後の備えとは異なる、国境を越えた約束。同じ言葉が、金融の作法としても、歴史の中に現れます。

皇帝を作り、王に焼かれた都市
ポルトガルの胡椒と南ドイツの銀が出会う場所、アントウェルペン。この街は皇帝選挙の資金を動かし、やがて王の支払停止の果てに、兵たちの略奪に遭います。

谷の名から来た銀貨、ダールデルの旅
オランダで生まれた銀貨ダールデル。国内で嫌われたこの貨幣は外への支払いに回り、やがて英語の口でダラーに変わります。ひとつの谷の名が、世界の貨幣の名になるまでの物語です。

フランクの名を持つ貨幣と男
「フランク人の王」を意味する銘は通貨の名になりました。偉大な王は千年続く銀の制度を定め、遠い土地の印刷業者は紙の信用を支えます。

南を向き、海を越えた王国の勘定
十二世紀後半のカスティーリャは、全面アラビア語銘の金貨を打ちました。南を向いたこの王国から、のちに新大陸の銀に課される税の仕組みが生まれます。

グレインという重さの単位
アメリカのドル銀貨は、三百七十一グレインと四分の一グレインと定められました。インドのルピヤもまた、グレインで語られます。国も時代も違う二つの貨幣をつなぐ、重さの単位の話です。

純銀という一本の線
はじめはほぼ純銀だったローマの銀貨は、やがて銀の割合が二パーセントまで落ち、芯の青銅を隠す薄皮になりました。貨幣に含まれる純銀の重さ。この一つの数が変わるとき、通貨への信もまた変わります。

五百年変わらなかった金貨
イタリアの都市国家ヴェネツィアは、一枚の金貨の規格を五百年以上も変えませんでした。王朝がいくつも興亡する時間、なぜこの金貨は変わることなく、そして広く使われたのでしょう。

秤をいじる者、貨幣を削る者
貨幣の中身を減らして作り直す「悪鋳」。それは発行者に短期の利益をもたらしますが、必ず物価を狂わせます。正しさを語るはずの貨幣が、怒りの的になるときです。

実勢が動かす歴史
法や協定が定める建前の値と、市場が示す本当の値。この二つの間に生まれるずれは、時に富を奪い、時に金属を国境の外へ運び出します。史料が語らない「実勢」の働きを辿ります。

金という一つの約束
紙のお札は、いつでも決まった量の金と引き換えられる。十九世紀の世界が信じたこの約束は、皆が同時に疑わないことを前提にした仕組みでした。その前提は、戦争のたびに崩れます。

ポトシほどの値打ちという言葉
「莫大な富」を意味する言葉になった、南米の銀山ポトシ。その銀は世界を巡り歴史を動かしましたが、産出した土地には富ではなく、おびただしい死が残されました。

正貨で払う人、紙で払う人
同じ品物でも、どちらで払うかで値段が違いました。金貨で払うなら割引き、紙で払うなら割増し。この差が日ごとに動く市がありました。

国の借金が投資になるとき
千五百三十一年に建った取引所では、君主への融資の相場が決まりました。王が個人で借りていた借金は、いつから投資の対象になったのでしょう。その鍵は公債という仕組みにあります。

マネーの根にある神殿
英語の money もフランス語の monnaie も、ローマの丘に立った一つの神殿の名を根に持っています。