金という一つの約束
紙のお札は、いつでも決まった量の金と引き換えられる。十九世紀の世界が信じたこの約束は、皆が同時に疑わないことを前提にした仕組みでした。その前提は、戦争のたびに崩れます。

十九世紀、世界は一つの約束のもとに集まりました。金本位制です。紙のお札は、いつでも決まった量の金と、引き換えられる。この約束を支える仕組みは、どのようなものだったのでしょう。
金という物差し
金本位制は、通貨の値打ちを、一定量の金に結びつける制度です。各国が自国の通貨を金の重さで定めれば、通貨どうしの比率も自動的に決まります。国際的な物差しが、国どうしの交渉なしに揃うという利点がありました。
大英帝国の力を背景に、金に支えられた通貨が、地球をめぐったのです。金の裏づけがあるからこそ、人々は紙きれを信じました。
疑わないことが前提の仕組み
ただし、金の量と通貨の量が一対一で結ばれていたわけではありません。どの国も、発行した紙幣の全額ぶんの準備は持っていませんでした。つまり、出まわる通貨の量は、いつでも金より多かったのです。
紙が金と引き換えられるという約束は、引き換えに来る人が少ないほどうまく働きます。もし全員が同時に引き換えを求めたら、どの国も応じられません。金本位制とは、皆が同時に疑わないことを前提にした仕組みでした。
縛りと綻び
この仕組みには代償もありました。国内の都合で、通貨の量を自由に動かしにくいことです。不況でも戦争でも、金の備えを超えて通貨を増やせば、先に折れるのは兌換の約束のほうでした。
そして、その前提はたびたび崩れます。縛りが耐えられなくなれば、兌換のほうを止めることができました。一七九七年のイングランド銀行、一八四八年のフランス。戦争と恐慌のたびに、それは起きています。この制度が二度の大戦をはさんで崩れたのは、その硬さのためでした。
短い黄金時代
一方で、この制度にようやくたどり着いた国もあります。長い不換の季節を抜けたギリシャです。物価が落ち着き、紙のドラクマが値を戻した末、一九一〇年三月、法律三六四二号によって、建国以来初めて一貫した金本位制に立ちました。
この安定は一九一四年まで、四年間続きました。のちの人が黄金時代と呼ぶ、短い輝きです。


