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正貨で払う人、紙で払う人

同じ品物でも、どちらで払うかで値段が違いました。金貨で払うなら割引き、紙で払うなら割増し。この差が日ごとに動く市がありました。

2026-08-16 葉山 満 言葉の由来

値段が二つある市

十九世紀のリスボンの市には、二種類の支払いがありました。金貨や銀貨で払う人と、紙で払う人です。

面白いのは、同じ品物でも、どちらで払うかによって値段が違ったことです。紙で支払うなら割増しになり、正貨で支払うなら割引きになりました。この差は毎日動き、両替屋の店先に掲げられます。人々は、自分の手元にあるお金の種類を、その日の掲示と見比べていました。

この、金や銀でできた貨幣のことを「正貨」と呼びます。

正貨という言葉

正貨とは、金貨や銀貨のように、素材の金属そのものが額面の価値を裏づけている貨幣を指します。紙幣に対する言い方です。紙幣を発行する銀行が、その紙といつでも交換できるように金庫に積んでいる金銀は「正貨準備」と呼ばれます。

注意したいのは、正貨が「本物の貨幣」という意味ではないことです。いま世界で使われている通貨は、素材の価値とは切り離された不換貨幣ですが、それでも立派な貨幣です。正貨とは、貨幣の真贋を分ける言葉ではなく、素材の値打ちが制度の基準になっているものを指す、ひとつの区分けにすぎません。

しかし、歴史の中では、この区分けが人々の生活を左右する場面がありました。

刷れても、作れない

千七百二十年、フランスで、ある銀行の紙幣と会社の株が熱狂の的になりました。スコットランド人のジョン・ローが「お金は金属である必要はない。紙で良い」と唱え、銀行を開いたのは一七一六年のことです。彼の仕組みは、パリやリヨン、トゥール、アミアンにも支店を広げます。

しかし、株価が天井知らずに上がった後、バブルははじけました。人々が紙幣を正貨に換えてくれと銀行に殺到したとき、その要求に応じられなかったのです。紙幣を刷ることはできても、金貨を作ることはできませんでした。財産を失った人々は紙のお金を信じなくなり、この傷はフランスに百年、紙幣への不信を残します。

しるしだけでは戻らない

信を失った貨幣を、しるしだけで取り戻そうとした皇帝もいました。

後二百七十四年、皇帝アウレリアヌスは、ガリア帝国を本国へ取り戻します。貨幣を打つ独占を握り直した彼は、その年ごろに貨幣を改革しました。銀の含有量が落ちていたアントニニアヌスという貨幣を鋳直し、その裏に「二十対一」を示すしるしを打ちます。銀二十に対し、銅が一、という比率です。

しかし、しるしは失われた銀そのものを呼び戻しませんでした。この世紀の末には、日々の商いから正貨が消え、税は物で集められました。三百年使われたデナリウス銀貨は、ほとんど値打ちを失います。

貨幣が複数あるとき、人は必ず悪いほうから先に手放します。良い貨幣は家に隠れ、悪い貨幣が市に残るのです。一八八七年までのリスボンでは、複数の銀行がそれぞれの紙を出しており、どこの銀行の紙かによって、割増しの幅も違っていました。

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