お金の話
国や時代が違っても、同じことが起きています。その話を集めました。

天下の富と、一握りの土
「天下の富は朕が有つ」と宣言した詔は、そのすぐ後で「一握りの土でもよい」と続きます。疫病と乱で国が疲弊した時代に、大仏を造るための銅が集められました。

貸す国が、払う国になった日
一億グルデン。条約の紙に書かれたその数字が、ヨーロッパ中の宮廷に金を貸してきた国の転落を、一行で言い切っていた。
偽札を刷りながら、戦争が終わるのを待った
ナチスの強制収容所で、英国のポンド札を刷らされた印刷工アドルフ・ブルガー。ベルンハルト作戦の内側を、本人の証言と、博物館や研究の記録でたどります。

簒奪者が開いた造幣所
二〇一〇年、英国の土から五万二千五百三枚のローマ貨幣が現れました。この膨大な埋蔵貨は、ある簒奪者が統治の道具として貨幣を使い、ロンドンに最初の造幣所を開いた時代を物語っています。

数式の人、証拠の人
万有引力の発見者アイザック・ニュートンは、造幣局の役人でもありました。天体の運動を計算したその人は、変装して酒場に潜り、贋金師を追い詰める証拠を探していたのです。

銭を作らず、税を奪った男たち
九百三十九年、平将門は常陸の国府を焼き、印綬を奪います。それは国の税の管理権を奪うことでした。国家を名乗った男も、独自の銭を鋳た形跡はありません。

溶かされた玉座と、戦争の財布
千六百八十九年、ルイ十四世は、ヴェルサイユ宮殿を飾っていた銀の家具を溶かして戦費に充てました。銀の板と彫刻で覆われた王の玉座さえ、その中にありました。

紙で富を創り、紙に焼かれた王国
決闘で人を刺し、死刑を宣された賭博師が、フランスの財政を握りました。紙幣は増やせば経済を刺激する。その考えは国を熱狂させ、やがて長い後遺症を残します。

日本に届かなかった賠償金
日清戦争の賠償金は、日本の歳入の四倍を超える巨額でした。しかしその金は一度も日本へ運ばれることなく、帳簿の数字としてロンドンで受け取られます。

誰が維新の金を出したのか
安政七年、大老が暗殺された江戸に、日本でいちばん小さな小判が生まれました。政変と通貨の切り下げが重なったこの年、倒幕も佐幕も、それぞれの戦いには金がいりました。その金は、どこから来たのでしょうか。

顔は違えど同じ重さの硬貨
フランスの皇帝、ベルギーの王、スイスの女神。片面に刻まれた顔も言葉も国名もばらばらな硬貨が、国境を越えて等価で通いました。約束は、ただ一つでした。

安定した貨幣と、破産した王国
ルイ15世の時代、フランスの金属貨幣は半世紀にわたり安定し、貿易は伸びました。しかし、同じ世紀の果てに国は破産します。通貨の価値が動かないのに、なぜ財政は崩壊に向かったのでしょうか。

金庫に沈んだ約束、開かれなかった扉
大正六年、金貨と紙幣を引き換える約束は止まりました。ヨーロッパの戦争で生まれた景気は、成金と、米を求める人の列を生み、やがて長い不況へ向かいます。

帳面から始まった乱と、権利で支払われた砲弾
乱の始まりは、刀ではなく帳面でした。四万石の土地を十万石と届け出たと伝えられる大名の元で、税率は倍になります。税を払えない者の身体は拷問の対象となり、やがて起きた一揆を鎮めるため、海からは異国の砲弾が撃ち込まれました。

紙で打たれた貨幣、ライデンの約束
包囲下のライデンでは銀が尽き、教会の書物から貨幣が打たれました。金属の裏づけを持たない紙を支えたのは、街が生き延びれば正貨で償うという、一つの約束だったのです。

三つの否と、払えぬ請求書
ルイ十六世の治世、改革者たちは「破産なし、増税なし、借入なし」を誓い、巨額の借金で戦争を支え、ついに特権の壁に挑みました。良貨が規格を保つ裏で、国家の財政は破綻へと向かいます。

枢機卿の財布と痩せた銅貨
フロンドの乱が終わり、マザランは約三千五百万リーヴルの私財を遺した。同じころ、庶民の手の銅貨リヤールは、一か月ほどで三分の一の額面に切り下げられていた。

米が消えた日の銭
飢饉が国を覆ったとき、日々の暮らしを支えた一枚の銭は、ただの金属に戻ります。米を求める打ちこわしが起きるなか、為政者たちは異なる答えを出しました。回すか、積むかの話です。

死んだ王が打った銭
権威が消え去ったのちも、なぜ人々はとうに世を去った王の名を銭に刻み続けたのでしょう。それは、貨幣への信頼が、それを作った権力よりも長く生きたからです。

金属で戦った皇帝の四本の管
皇帝は紙幣を嫌い、金属を求めました。その執念は、敵国の銀行から軍資金を引き出し、征服地の富を吸い上げ、銀行そのものを手中に収めます。勝ち続けることで回る財政の仕組みです。

銀貨に顔を、金庫に金を
フランスの貨幣に、初めて王の現実の横顔が載ります。一枚の銀貨から始まった王権の宣言は、やがて敗戦の身代金と、華やかな文化の財源へとつながっていきました。

鰐を刻んだ征服地の貨幣
ガリアの地で鋳られたローマの青銅貨には、皇帝の顔と、エジプト征服を記念する鰐が刻まれています。征服された土地が、征服者の勝利を日々使うとはどういうことだったのでしょうか。

太陽を刻んだ王の財政
敵からは『普遍の蜘蛛』と蔑まれ、味方からは『慎重王』と讃えられたルイ十一世。彼が戦わずに国を富ませた力の源泉は、税と軍、そして太陽を刻んだ一つの金貨にありました。

受け取られなかった貨幣
一五四二年頃のヌエバ・エスパーニャ。造幣所が打った銅貨を先住民は受け取らず、日々の小銭はカカオのままでした。

電話一回分という値打ち
一九七〇年代のイタリア。市中から小銭が消え、公衆電話用のトークンが釣り銭として通いはじめました。