貨幣の話
国と時代をまたいで、同じ動きを探します。

帳面から始まった乱と、権利で支払われた砲弾
乱の始まりは、刀ではなく帳面でした。四万石の土地を十万石と届け出たと伝えられる大名の元で、税率は倍になります。税を払えない者の身体は拷問の対象となり、やがて起きた一揆を鎮めるため、海からは異国の砲弾が撃ち込まれました。

紙で打たれた貨幣、ライデンの約束
包囲下のライデンでは銀が尽き、教会の書物から貨幣が打たれました。金属の裏づけを持たない紙を支えたのは、街が生き延びれば正貨で償うという、一つの約束だったのです。

三つの否と、払えぬ請求書
ルイ十六世の治世、改革者たちは「破産なし、増税なし、借入なし」を誓い、巨額の借金で戦争を支え、ついに特権の壁に挑みました。良貨が規格を保つ裏で、国家の財政は破綻へと向かいます。

枢機卿の財布と痩せた銅貨
フロンドの乱が終わり、マザランは約三千五百万リーヴルの私財を遺した。同じころ、庶民の手の銅貨リヤールは、一か月ほどで三分の一の額面に切り下げられていた。

米が消えた日の銭
飢饉が国を覆ったとき、日々の暮らしを支えた一枚の銭は、ただの金属に戻ります。米を求める打ちこわしが起きるなか、為政者たちは異なる答えを出しました。回すか、積むかの話です。

死んだ王が打った銭
権威が消え去ったのちも、なぜ人々はとうに世を去った王の名を銭に刻み続けたのでしょう。それは、貨幣への信頼が、それを作った権力よりも長く生きたからです。

金属で戦った皇帝の四本の管
皇帝は紙幣を嫌い、金属を求めました。その執念は、敵国の銀行から軍資金を引き出し、征服地の富を吸い上げ、銀行そのものを手中に収めます。勝ち続けることで回る財政の仕組みです。

銀貨に顔を、金庫に金を
フランスの貨幣に、初めて王の現実の横顔が載ります。一枚の銀貨から始まった王権の宣言は、やがて敗戦の身代金と、華やかな文化の財源へとつながっていきました。

鰐を刻んだ征服地の貨幣
ガリアの地で鋳られたローマの青銅貨には、皇帝の顔と、エジプト征服を記念する鰐が刻まれています。征服された土地が、征服者の勝利を日々使うとはどういうことだったのでしょうか。

太陽を刻んだ王の財政
敵からは『普遍の蜘蛛』と蔑まれ、味方からは『慎重王』と讃えられたルイ十一世。彼が戦わずに国を富ませた力の源泉は、税と軍、そして太陽を刻んだ一つの金貨にありました。

受け取られなかった貨幣
一五四二年頃のヌエバ・エスパーニャ。造幣所が打った銅貨を先住民は受け取らず、日々の小銭はカカオのままでした。

電話一回分という値打ち
一九七〇年代のイタリア。市中から小銭が消え、公衆電話用のトークンが釣り銭として通いはじめました。