NOMISMA SCHOLA
DISCIPLINE

貨幣学という学問

貨幣学(Numismatics)は、貨幣を史料として読む学問です。ここは、その学問がどこで生まれ、いまどこで研究され、どんな道具を持っているかの地図です。学校の科目が、大学のどの作法にあたるかも並べます。

定義

貨幣学と貨幣史は、貨幣・メダル・貨幣的表象・貨幣に似た形と、それに結びつく政治・経済・社会・文化の問いを扱う。

Numismatik und Geldgeschichte befasst sich mit Münzen, Medaillen, Geldzeichen und geldähnlichen Formen sowie den damit verbundenen politischen, wirtschaftlichen, sozialen und kulturwissenschaftlichen Fragestellungen.

扱う範囲は「古代から現在まで、東方から西方まで」。

ウィーン大学 貨幣学・貨幣史研究所の公式定義から。学校が「貨幣を史料として読む」と言うとき、この定義を借りています。 Das Fach Numismatik und Geldgeschichte

三つの研究領域

同じ研究所は、学問の中身を三つに分けています。学校の科目も、この三つのどれかに立っています。

経済史

貨幣を「お金としての働き」から問う。どれだけ作られ、どう流れ、何と交換されたか。

B 軸・F 軸の科目

図像

貨幣の絵と文字を、視覚的な伝達の手段として読み解く。誰が、誰に、何を伝えようとしたか。

E5 図像を読む

出土貨

埋蔵貨と単独出土貨を文書化し、分析する。方法の一部が独り立ちした第三の大きな領域。

E3 出土銭の読み方

ウィーンには、打刻計画(どの型でどれだけ打ったか)を再構成する独自の方法があり、「ウィーン学派」と呼ばれます。 Das Fach Numismatik und Geldgeschichte

学史 — 骨だけの年表

貨幣を集める人は古代からいましたが、貨幣を「読む学問」には始まりの本があります。

  1. 1792–1798

    ヨーゼフ・エッケル『Doctrina numorum veterum』全 8 巻(ウィーン)。古代貨幣の研究方法を作り直し、一部はいまも越えられていない。エッケルはウィーン大学教授で帝室の貨幣室長。欧州 38 人の学者・収集家から届いた書簡 162 通が、ウィーン美術史美術館の貨幣室に残る。

    Joseph Eckhel (1737-1798) and his numismatic network — FWF project P25282
  2. 1836

    王立貨幣学会(ロンドン)設立。当初の名は The Numismatic Society of London。学会誌 Numismatic Chronicle。

    The Royal Numismatic Society
  3. 1858

    アメリカ貨幣学会(ニューヨーク)設立。所蔵は 80 万点を超え、世界の四大コレクションの一つ。

    About — American Numismatic Society
  4. 1927

    国際貨幣学会議(INC)設立。世界の研究機関を束ね、数年ごとに国際会議を開く。

    International Numismatic Council — Supports academic numismatics
  5. 1959

    フランクフルト大学に古代貨幣学の講座(コンラート・クラフト)。2016 年以降は「ドイツで唯一の古代貨幣学の常設教授職」。

    Archäologie von Münze, Geld und von Wirtschaft in der Antike
  6. 2013–2018

    オックスフォードの Coin Hoards of the Roman Empire 第 1 期。埋蔵貨 12,144 件・350 万枚を登録。いま記録された埋蔵貨は 700 万枚に及ぶ。

    Coin Hoards of the Roman Empire — Project
  7. 2027

    国際貨幣学会議 フランクフルト大会(9 月 12〜17 日)。

    International Numismatic Council — Supports academic numismatics

研究機関 — 三つの学校

学校が入口で名を挙げている三校です。課程の中身は公式頁で確かめました。

機関何をしているか所蔵と道具
ウィーン大学 貨幣学・貨幣史研究所オーストリア個別修士課程(120 ECTS・4 学期・修士論文約 100 ページ)。学士向けの拡張カリキュラムが三本(古代/中世・近世/実務)。授業は研究所の所蔵で実物を扱う。研究所の所蔵と 100 万枚超のカード目録。NUMiD・MANTIS・Nomisma を授業で使う。Curriculum für das Individuelle Masterstudium Numismatik und Geldgeschichte (2019) Lehrangebot Sommersemester 2025 — Institut für Numismatik und Geldgeschichte
ゲーテ大学フランクフルト 古代の貨幣・お金・経済の考古学ドイツ学士副専攻と修士課程。最初の科目で「記述・同定・年代決定・記録・目録化」を身につけ、出土貨を発掘の文脈で読む。デジタル貨幣室 MK-F: 実物約 650・石膏型 20,000・カード 400,000。Archäologie von Münze, Geld und von Wirtschaft in der Antike Digitales Münzkabinett der Goethe-Universität Frankfurt (MK-F) — Über uns
オックスフォード大学 ヘバーデン貨幣室(アシュモレアン博物館)英国博物館の貨幣室であり、大学の一部門。古典学・ビザンツ学・東洋学・歴史学・考古学の修士課程で貨幣学を教え、研究学位を指導する。講義では所蔵の実物を手に取る。約 30 万点。専任 9 人。「世界最大の大学貨幣コレクション」。RPC Online と CHRE の本拠。Heberden Coin Room — About the Department

公開データベース — 学問の道具

一枚の貨幣を型に、埋蔵貨を目録に、語を共通の鍵に。研究者が毎日引く道具は、誰でも開けます。

何が引けるか規模
RPC Online(Roman Provincial Coinage)ローマ属州貨幣の型目録。一枚を型番号で呼べる。71,552 型・431,603 枚(2026 年 9 月 5 日時点)Roman Provincial Coinage Online — Home
CHRE(Coin Hoards of the Roman Empire)ローマ帝国の埋蔵貨の目録。「一緒に埋められたとみられる貨幣の群」を一件として記録する。700 万枚Coin Hoards of the Roman Empire — Project
NUMiDドイツ語圏の大学が持つ貨幣コレクションの連合と横断検索。42 の大学コレクションNUMiD — Netzwerk universitärer Münzsammlungen in Deutschland
Nomisma.org貨幣学の語(造幣所・人物・額面)を Linked Open Data で共有する基盤。ウィーンの授業で使う。Lehrangebot Sommersemester 2025 — Institut für Numismatik und Geldgeschichte

学会と国際会議

1927

国際貨幣学会議(INC)

研究の総覧『Survey of Numismatic Research 2014–2020』(2 巻)と年報『Compte rendu』を出す。次の大会は 2027 年 9 月 12〜17 日、フランクフルト。

International Numismatic Council — Supports academic numismatics
1836

王立貨幣学会(RNS)

Numismatic Chronicle。例会は誰でも聴ける。

The Royal Numismatic Society
1858

アメリカ貨幣学会(ANS)

80 万点超の所蔵と、貨幣学の図書館。夏の研究セミナー。

About — American Numismatic Society

研究の作法と、学校の科目

調べた欧州 15 校の教育内容から抽出した 10 の反復テーマです。学校の科目がどこにあたるかを並べました。空いている列は、これから作るところです。

大学で繰り返し教えられること学校の科目
記述と同定 — 一枚を、型番号で呼べるようにするE9 研究作法同定の三段(観察→同定→目録)を強化中
実物に触れる — 所蔵の貨幣を手に取る実物 415 種(写真は所蔵先の実物)
埋蔵貨と出土貨 — 群として読むE3 出土銭の読み方
貨幣の働き — 経済史として問うB05 図像と権力B 軸・F 軸の各科目
図像 — 絵と文字を伝達として読むE5 図像学
他の史料との突き合わせ — 銘文・文書・帳簿E6 銘文
E1 史料批判
目録・データベース・引用E9 研究作法史料室(出典の台帳)
計量と金属 — 重さ・純度・分布E4 計量貨幣学
型式学 — 同じ型を集めて打刻の順を読む同一型式の画像データが揃ってから
学史と実務 — 学問の来歴と、博物館・市場の仕事この頁と読み物から

科目を大学並みに増やすのではなく、大学の研究方法を、一般の人が使える形へ翻訳する。それが学校の方針です。

学問と銀行は、同じ部屋から出た

エッケルは、皇帝の貨幣室を整理して学問を作りました。同じ 18 世紀の後半、フランクフルトの古銭商マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、ヘッセン侯に収集用の貨幣を納める家に生まれ、1757 年にハノーファーの銀行で修業し、古銭の商いから 1769 年に宮廷代理人になりました。君主の貨幣室という同じ場所から、学問と銀行が分かれて出ています。

航路「金融の誕生」の停へMayer Amschel Rothschild (1744-1812)

この頁の出典(史料室)