1792年
アメリカは1ドル銀貨の銀の重さを、端数まで法律に書いた
371と4分の1グレイン
アメリカのドル銀貨は、三百七十一グレインと四分の一グレインと定められました。インドのルピヤもまた、グレインで語られます。国も時代も違う二つの貨幣をつなぐ、重さの単位の話です。
3分でわかる グレインという重さ
横に送って見られます
1792年
アメリカは1ドル銀貨の銀の重さを、端数まで法律に書いた
371と4分の1グレイン
1792年
値打ちの元を、約束ではなく秤の上の銀に置いた
1792年
世界が信用するスペインの銀貨を量って、重さを合わせた
古代インド
銀貨の重さの元は、ある豆の重さだった
古代インド
国や工房が違っても、銀貨の重さだけは動かなかった
50から52グレイン
13世紀 → 1835年
インドの銀貨は、600年で五グレインしか動かなかった
1900年
ドルは書き換えられ、金の重さで決められた
25.8グレイン
180グレイン
1835年のインドの統一銀貨。600年で五グレインだけ動いた
371と4分の1グレイン
1792年に決めた、1ドル銀貨の純銀の重さ
あなたは新しい国のお金を決める人です。1ドルの重さを、何に合わせますか?
選んでみてください
アメリカはそうしました。世界を巡っていたスペインの8レアル銀貨を量り、その重さに自分たちのお金を合わせたのです。
数え方は十進法という新しいものにしました。でも重さは、古くからの信用に結びつけたのです。
誰も重さを変えたがらなかったのは、受け取る人が慣れていたから。お金は、どれだけ重いかから始まっています。

千七百九十二年、アメリカ合衆国はその貨幣をドルと定めました。一ドル銀貨の重さは、純銀で三百七十一グレインと四分の一グレイン。法律の条文に、端数まで書き込まれた定めです。
なぜ、これほど細かな数字なのでしょうか。それは、値打ちの根拠を約束ではなく、秤の上の銀に置くという意志の表れでした。この重さは、世界を巡っていたスペインの八レアル銀貨を実測して決めたものです。独立したばかりの新しい国は、世界がすでに信用している一枚に、自分たちの貨幣を合わせたのです。計算の仕組みは十進法という新しいものでしたが、その重さは古くからの信用に結びついていました。
遠くインドでも、貨幣の歴史は重さから始まっています。古代のカルシャーパナという銀貨は、サンスクリットの重さの単位カルシャから名付けられました。その基準は、ラティというある種の豆の重さです。植物の種が、貨幣の目方の原点でした。
実際に残る品は、およそ五十から五十二グレインの範囲に収まります。国や時代、工房が違っても、この目方だけは動きません。秤に載せたときに同じであること。それが、この銀片に与えられた唯一の約束でした。何が描かれているかではなく、どれだけ重いか。貨幣は、そこから始まっています。『実利論』という書物には、銀の貨幣の名としてルピヤルーパという言葉が記されています。
このルピヤの名を持つインドの銀貨は、長い間その重さを変えませんでした。十三世紀のイルトゥトミシュの銀タンカは百七十五グレイン。シェール・シャーのルピヤは百七十八グレイン。そして千八百三十五年の統一貨幣は、百八十グレインです。
六百年で動いたのは、わずか五グレインだけでした。誰もこの重さを変えたがらなかったのは、受け取る人々が慣れていたからです。
アメリカのドルは、銀の重さでその歩みを始めました。金と銀の二つの金属に錨を下ろす、複本位制の出発です。しかし、その定めは後に書き換えられます。千九百年の金本位法は、一ドルを純度十分の九の金二十五・八グレインと定めました。
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