1535年
メキシコシティに、アメリカ大陸で最初の造幣所ができた
一五四二年頃のヌエバ・エスパーニャ。造幣所が打った銅貨を先住民は受け取らず、日々の小銭はカカオのままでした。
3分でわかる 受け取られなかった銅貨
横に送って見られます
1535年
メキシコシティに、アメリカ大陸で最初の造幣所ができた
その後
ここで打った大きな銀貨は、世界を回るお金になった
少し遅れて
日々の買い物のための、小さな銅貨も打たれた
1542年頃
先住民は、この銅貨を受け取らなかった
征服の前から
市場では、カカオ豆を数えて買い物をしていた
百粒
七面鳥一羽の値
その証し
殻に泥を詰めた偽のカカオまで作られていた
なぜか
値打ちを請け合うのは、来たばかりの征服者。豆のほうが確かだった
わかること
作る側は打てても、受け取らせることはできない
100粒
七面鳥一羽のカカオの値。ウサギ一匹は30粒
あなたは市場で七面鳥を売っています。いつもはカカオ百粒。そこへ、征服者の造幣所が打った見慣れない銅貨で払いたい客が来ました。どうしますか?
選んでみてください
造幣所は、それを望んでいました。でも実際の市場では、銅貨は受け取られず、日々の小銭はその後もカカオが担い続けました。
当時の人々の多くはこちらでした。値打ちを請け合うのが来たばかりの征服者では、豆のほうが確かだったのです。
受け取るかどうかを決めるのは、市場の側です。この銅貨は、先にそこにあった豆に負けました。

一五三五年、メキシコシティにアメリカ大陸で最初の造幣所が置かれました。ここで打たれた八レアル銀貨は、やがて世界を回る通貨になります。
その同じ造幣所が、少し遅れて銅貨を打ちました。四マラベディと二マラベディ。日々の小さな売り買いのための、小額の貨幣です。
受け取られませんでした。
先住民はこの銅貨を嫌いました。嫌われた銅貨は湖に投げ捨てられた——修道士モトリニアがそう記録したと伝えられます。
ここは慎重に書きます。この逸話は年代記に基づく通説で、捨てられた規模は分かっていません。湖の場面がどこまで実景だったのかも、確かめられていません。
なぜ受け取られなかったのか。すでに、使われている小銭があったからです。
征服の前、この地には鋳造された貨幣がありませんでした。それでも市場は高度に回っていました。数えられていたのはカカオ豆です。綿布や、斧の形をした銅、金粉を詰めた羽軸も値の担い手でした。
市場では、七面鳥一羽がカカオ百粒。ウサギ一匹が三十粒。人々は豆を数えて買い物をしました。ずるい者は、カカオの殻に泥を詰めた贋物を作りました。贋物が作られるのは、それが貨幣として通っていた証しです。
そこへ、見慣れない金属の円盤が来ました。値打ちを請け合うのは、来たばかりの征服者です。豆のほうが確かでした。
日々の小額決済は、その後もカカオが担い続けました。鋳た銀は大きな額面で外へ向かい、足元の小銭は足りないまま。世界の銀貨を鋳る土地が、自分の小銭に苦しむ構図です。
この一件が示すのは、貨幣の一方の限界です。発行する側は、打つことも、値打ちを宣言することもできます。受け取らせることはできません。
受け取るかどうかを決めるのは、市場の側です。ここで負けた貨幣は、法令にでも造幣の技術にでもなく、先にそこにあった豆に負けました。
ただし、拒まれた貨幣がいつも消えるわけではありません。NOMISMA の教材は、税の取り立てが実効性を持つあいだは紙が拒まれにくいことも扱っています。銅貨の一件は、その反対側にある症例です。
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