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三つの否と、払えぬ請求書

ルイ十六世の治世、改革者たちは「破産なし、増税なし、借入なし」を誓い、巨額の借金で戦争を支え、ついに特権の壁に挑みました。良貨が規格を保つ裏で、国家の財政は破綻へと向かいます。

3分でわかる 払えぬ請求書

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1783年

パリで打たれた銀貨は、良貨の規格を保っていた

6リーヴル・エキュ銀貨。縁の工夫で削り取りを見破りやすくした

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1774年8月

大臣チュルゴは「破産なし、増税なし、借入なし」を誓った

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その後

パンが高くなり一揆が起きた。特権を持つ人も反発した

20か月

チュルゴが職を追われるまで

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1777年〜1781年

次のネッケルは、税を上げずに借金で戦争の費用を出した

5億2000万リーヴル

新しく借りた額

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1781年2月

国のお金の報告を初めて公開。「黒字だ」と書かれていた

ただし戦争の費用は、報告の外に置かれていた

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アメリカの独立戦争

戦争に注いだお金は、王の1年の収入の2倍を超えた

13億リーヴル

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1780年

借金の利息を払うだけで、予算の4割三分が消えた

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1787年

赤字はさらにふくらんだ。特権への税も拒まれた

1億4000万リーヴル

1787年の赤字

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1788年8月

払えぬ請求書のために、全国3部会を開くと決まった

175年ぶり

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13億リーヴル

アメリカの独立戦争に注ぎ込んだ資金。すべて借金で賄った

4割三分

1780年、国の借金の利払いが予算に占めた割合

5億2000万リーヴル

ネッケルが1777年から1781年までに新しく借りた額

3あなたならどうする?

あなたは国のお金の係です。戦争に大きな費用がかかります。でも、特権を持つ人には税をかけられません。どうしますか?

選んでみてください

借金でまかなう

ネッケルはそうしました。増税は避けられましたが、利息は複利でふくらみ、1780年には利払いだけで予算の4割三分を食い尽くしました。

身分を問わず、土地に税をかける

のちのカロンヌが踏み込んだ道です。けれど王が選んだ名士会がこれを拒みました。特権の壁は、それほど厚かったのです。

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2026-09-05 葉山 満 お金の話
フランス ルイ16世と改革者たち/財務総監の執務室

ルイ十六世の六リーヴル・エキュ銀貨は、一七八三年のパリで打たれました。機械打ちの縁で削り取りを見破りやすくしたこの貨幣は、良貨の規格を保っていました。そのころ、王国の財政は、改革者たちが格闘する借金の崖の前にありました。

理想の二十か月

ルイ十六世が即位した直後の一七七四年八月、財務総監に任じられたチュルゴは、王に三つの否を誓います。破産なし、増税なし、借入なし。経済を自由に、無駄を削って財政を立て直すという理想でした。彼は穀物の取引を自由にし、道路づくりの賦役と同業組合の独占を廃する勅令を出します。

しかし、凶作でパンが高騰すると、小麦粉戦争と呼ばれる一揆が各地で起きました。貴族も高等法院も、既得の権を脅かされて反発します。理想は特権の壁に砕け、チュルゴはわずか二十か月で職を追われました。

借金で賄う戦争

チュルゴのあと、一七七七年六月にジャック・ネッケルが王室の財務を握ります。彼の戦略は、チュルゴとは正反対でした。増税を避け、借入で戦費を賄う。折しも、アメリカの独立戦争を支えるために巨額の費用が必要な時でした。特権に課税できない以上、金は借りるほかない、という現実的な判断でもあります。

ネッケルは一七七七年から一七八一年までに、およそ五億二千万リーヴルを新たに借り入れました。同時に五百を超える閑職を廃し、税の請負人の数を三分の一減らすなどの改革も行います。けれど借りた金の利息は、複利で膨らんでいきました。

公開された会計報告の仕掛け

一七八一年二月、ネッケルは国王への会計報告を刊行します。これはフランスの歴史で初めて、王室の財政を世に公開した文書でした。本来は王の秘めごとである財政を万人に開いたこと自体が、革命的な出来事となります。

報告書は、経常の収入が支出を一千万リーヴル余り上回っている、と黒字を述べました。二万部が刷られ、数週で売り切れ、幾つもの言葉に訳されます。しかし、この黒字には仕掛けがありました。報告は経常の勘定だけを載せ、アメリカ戦争の戦費のような臨時の支出を、外に置いていたのです。

利払いが蝕む国家

フランスがアメリカの独立戦争に注ぎ込んだ資金は、およそ十三億リーヴル。王室の年の収入の、二倍を超える額でした。その金はすべて借入で賄われ、しかもフランスはイギリスのおよそ二倍の金利で借りていました。

一七八〇年には、国債の利払いだけで予算の四割三分を食い尽くすようになります。ネッケルの去ったあと財政を継いだカロンヌは、さらなる借入を重ねました。一七八七年の赤字は一億四千万リーヴルに達します。

彼はついに、身分を問わない土地税という特権への課税に踏み込みますが、一七八七年に王が選んだ名士会は、これを拒みました。残された道は一つでした。一七八八年八月、百七十五年ぶりとなる全国三部会の招集が決まり、ネッケルが呼び戻されます。三部会は、人権のためではなく、払えぬ請求書のために開かれるのです。

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