紙幣
B11 — 横断テーマ

裏づけのない紙が、なぜ価値を持てるのか。
監修: 葉山 満 / 本文の読了目安: 科目本文 約 8 分 + 教本 約 31 分 = 約 39 分 / 本文のほかに、演習 11 問・実物 5 点・読む教材 11 停・参考文献 2 件
この科目で、できるようになること
- 兌換紙幣と不換紙幣の違いを、窓口で何が起きるかで説明できる。
- 紙幣が信用を得るまでの順序を、段階に分けて言える。
- 紙幣が信用を失う瞬間に何が起きているかを説明できる。
- 紙幣の種類が多いことが、なぜ問題になるのかを言えるようになる。
- 銀行券の誕生を、金細工師の預り証から「又貸しの発見」まで説明できる。
- 紙幣の死(南部連合)と再生(レンテンマルク)を、信用の設計として対比できる。
教本 — TEXTBOOK
レッスン(8節)
- 窓口で何が返ってくるか、で分かれる兌換と不換の違いは、窓口で金属が返るかどうか。不換が弱いのではなく、信用の作り方が違う。
- 紙幣が生まれるとき、たいてい戦費が絡んでいる紙幣制度は、乱れのあとに作られる。制度が先に信用を作るのではない。
- 種類が多いことが、それ自体で問題になる確かめる手間そのものが、価値を下げる。統一の効き目は、偽造対策より確認の省略にある。
- 紙は、物質でもある紙幣は信用と物質の二層でできている。燃えたら無なので、現存数は流通量を示さない。
- 金細工師の預り証 — お札のもう一つの生まれ方紙が金貨の代わりに手から手へ。そして「全部が一度に引き出されることはない」という発見。
- 国家を呑んだ紙 — ジョン・ローの実験「お金は金属である必要はない」。正しい洞察が、規律を欠いて国家ごと破裂した。
- 緑の紙、消えた紙 — 南北戦争の二つの紙幣同じ戦争の二つの紙。勝った側の紙は祖先になり、負けた側の紙は約束の主を失った。
- 紙切れからの再設計 — レンテンマルクの奇妙な生還裏づけは土地への抵当権。一兆マルクを一と交換。信用は設計できることを証明した瞬間。
ケーススタディ — 教材で使う(11)
- 西南戦争とインフレ 日本 1885年 蔵の暗がり
第1節と第4節。兌換の窓口と、こんにゃく粉の話が両方入っています - 西南戦争とインフレ 日本 1882〜1899年 東京 日本銀行
第2節。値の開きが消えるのを三年待った理由を、原文で確かめてください - 国法銀行制度 アメリカ 1860年代 商人の帳場、ふたたび
第3節。数千種類の券があった財布の記述です - 一九二三年秋 ドイツ 1923年11月 ベルリン、両替の窓口
紙幣が信用を失いきったときの数字。四兆二千億という桁を見てください - 金融の誕生 総論・世界2700年 後 17世紀 ロンドンの金細工師
第5節。預り証が歩き出す瞬間と、又貸しの発見 - ジョン・ローの泡 フランス 1720〜1789年 ルイ十五世治下のフランス
第6節。破裂の後遺症。タレーランの警告まで含めて - 南北戦争 アメリカ 1865年 敗戦の南部
第7節。「約束の主だけが、消えたのです」 - ドイツ 総論・世界2700年 後 1923年11月 レンテンマルクの奇跡
第8節。信用とは設計できる——奇跡の設計図 - 共和国とエスクード(2) ポルトガル 1925年 リスボンの検査台
紙の側に真偽はない、と言い切る停です。本物の版で、本物の紙に、正規の工程で刷られた札が、発行の認可だけを欠いていました - 紙幣を、半分に ギリシャ 1922年 交換の窓口
手元の紙幣が中央で二つに切られ、左半分は半値の通貨に、右半分は二十年満期の利付債になりました。現金で暮らす人だけが直撃を受けた仕組みまで書かれています - 交換を約さない紙幣 中国 1375年 明の宝鈔の刷り場
銀とも銅銭とも換えないと決めた紙です。取り付けを避けるためにそもそも約束をしなかったという設計が、三度目の紙幣を二度目より弱くしていく理屈をたどってください
評価方法
科目内の演習 11 問(確認 7・比較 1・記述 3)。到達は自己評価で記録します。
参考文献
- Early banknotes — Bank of England Museum 1694年の創設以来イングランド銀行が発行した紙幣。初期は手書き、のち印刷。所蔵は4万点、発行した全ての券種を含む
- Our earliest Bank of England note — Bank of England Museum 金細工師の預り証からイギリスの紙幣が発達した経緯と、初期の券。
実在を確認した文献・一次資料のみを載せています。