偽金と偽札の歴史
造幣局の改革を説く冊子を出しながら、裏で贋金を作り続けた男がいました。
本文を読む目安:約20分
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3分でわかる 偽金と偽札
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- あなたならどうする?
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1絵で見る
横に送って見られます
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コインの中身は表から見えない。だから偽物が作れる
鉛の芯に金をかぶせた偽物が、早くから現れた
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アテネの法は、市場の両替台に銀貨の検め役を置いた
芯のある偽貨は、その場で切ると定めた
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縁を少しずつ削って銀を集める、静かな犯罪が続いた
手打ちの貨幣は縁が不揃いで、削られても分からない
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1732年
縁に縄目の刻み。削った跡が見て分かるようになった
リマは1753年、ポトシは1767年。いっせいではない
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1699年
造幣局のニュートンが、贋金師を追いつめた
縁に深い溝を刻めと説いた男が、贋金師だった
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明治14年
紙幣に初めて人の顔。わずかな狂いも目に留まるから
肖像は、偽造を防ぐ要になった
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明治元年〜
帳簿を開くと、新政府も質の劣る貨幣を鋳ていた
605万両
金貨381万両と銀貨224万両
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第二次大戦
国が敵国のお札を偽造して、兵器にしたこともある
自国の基準を変える改鋳とは違い、発行の権限の外側
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偽金でいちばん損をしたのは、額面どおり受け取らされた人々
帳簿も、記録した者が記録した範囲しか語らない
2数字で見る
605万両
明治元年から翌年、新政府が接収した金座・銀座で鋳た質の劣る貨幣(帳簿の数)
87年
パリに機械が入った1553年から、機械打ちが広まった1640年まで
3あなたならどうする?
明治の初め、質の劣る偽金が出回りました。「犯人は薩摩だ」と語られています。帳簿に、いちばん大きな額が残っているのは誰でしょう?
選んでみてください
薩摩藩
薩摩は量を公にしていません。150万両は、会計係を問い詰めて出した見積もりです。届け出や帳簿とは、性質の違う数です。
新政府
帳簿には、新政府が接収した金座と銀座で鋳た605万両が残ります。ただ薩摩は量を公にしておらず、どこが最大かは決められません。
帳簿は、語りに無い新政府の鋳造を見せます。ただし帳簿も、記録した者が記録した範囲だけを語ります。
再現画
この講座で、分かるようになること
- 偽造を防ぐ工夫が、なぜ「見た目」ではなく「見分けやすさ」を狙うのかを説明できる。
- 縁のぎざぎざが装飾ではなく検査の装置であることを、実物を見て言い当てられる。
- 国家自身が行った貨幣の質の切り下げを私人の偽造と比べ、同じ点と違う点(発行の権限・知らせ方・引き換え・損を負う人)を言える。
詳しい案内
講座の番号:B10
監修: 葉山 満
本文のほかに、演習11問・コイン5点・読む教材20件・参考文献1件 所要時間の出し方
ほかに分かること
- 「偽造は犯罪者の問題」という言い方の、どこが足りないかを指摘できる。
- 機械打ちの三つの守り(真円・粒の列・縁の刻み)を偽造対策として説明できる。
- 幕末維新の贋金について、届け出・帳簿・見積もりの数の違いと、帳簿が数えていないものを説明できる。
この講座は、ほかの講座を読まなくても始められます。
あわせて読むと、つながりが分かる講座(任意)
出典の確かめ方を詳しく知りたい方へ(任意)
評価方法
講座内の演習11問(確認8・比較0・記述3)。到達は自己評価で記録します。
この講座の8つの章
- 市場に座る検め役前375/4年のアテネの法は、両替台に検め役を置いた。通った銀貨は市場へ、芯の偽貨は切られて神の聖財に。確かめる手間の一部を、国が引き受けた。
- 削られた銀貨と、イングランドの大改鋳縁を守る機械打ちは英国で1662年に始まったが、削られた旧貨は1696年の大改鋳まで残った。縁の模様は、削った跡を見分ける手がかりになった。
- 王が品位を落とすとき王の悪鋳も私人の贋金も、額面と中身の差を手にする。違うのは、発行の権限、知らせ方、引き換えの条件、損が誰へ移るかの道筋。
- デリーの銅貨と、王の引き換え額面だけ銀貨と同じ銅の貨幣は、家で打たれた偽物を呼んだ。王は偽物まで金貨と銀貨で引き換え、国庫が枯れた。
- 縁を守る機械が、パリで根づくまで縁に刻みを入れる機械は1553年にパリへ入ったが、鎚打ちの職人の抵抗で広まらなかった。広げたのは1640年のヴァラン。縁の文字が決まりになるのは、さらに後。
- 縁に溝をと説いた贋金師 — チャロナーとニュートン縁に深い溝を刻めと説いた男が、贋金師だった。1697年に証人を逃がされて崩れた訴えを、ニュートンは1699年、八人の証人で立て直した。
- 紙のポンドの絞首台と、紙幣の肖像兌換を止めた紙のポンドの時代、贋札の行使は死罪だった。日本の紙幣は1881年、わずかな狂いも目に留まる人の顔を入れた。
- 幕末の贋金と、その後始末諸藩の贋金と新政府の悪鋳は、性質の違う数で残る。後始末は国際の約束になり、損は額面どおり受け取った人々に回った。
読む教材(20)
- 偽物の誕生 総論・世界 偽金の歴史 通史
第1節。偽物が最初の貨幣のすぐ後に現れたという出発点です - 試金石 総論・世界 偽金の歴史 古代
第1節。見分けるための道具。海賊が金貨を噛む場面が作り話とされる理由も出ます - クリッピング 総論・世界 偽金の歴史 中世–近世
第2節。削り取りの被害の規模を確かめてください - 機械と革命 総論・世界 後17世紀 縁のギザギザ
第2節。ぎざぎざが何のためにあるかの答えです - 柱のドル スペイン 1732年 メキシコ市造幣所
第2節。縁の刻みが入った実際の一枚。量目の記載値に注目 - 贋金王とテンプル フランス 1295〜1314年 パリの造幣所
第3節。法の内側で行われた切り下げ。ダンテの評言まで読んでください - 江戸 金座 日本 幕末の政変と贋金 1868〜1869年
第8節。図の数はすべてこの停留所の記載値です。届け出と見積もりの違いに注意 - 諸藩の藩邸 日本 幕末の政変と贋金 1860年代
第8節。諸藩の側から見た同じ出来事です - 大陸紙幣 アメリカ 1775〜1779年 ニューヨーク、英軍の占領地
第3節。国家が敵の紙幣を偽造した例。年代の先後に注意 - 収容所で刷られた偽のポンド札 総論・世界 偽金の歴史 後1942年
第3節。第二次大戦中、国家が強制収容所の囚人に他国の紙幣を偽造させた作戦の記録です - ロンドン イギリス ニュートンの大改鋳 1699年
第6節。執行の裏づけとは何かが分かる場面です - 紙のポンド イギリス 1797〜1821年 ロンドン・処刑場
第7節。最も重い刑でも守れなかったという事実を確かめてください - 円の誕生 日本 1881年 紙幣寮 彫刻室
第7節。肖像がなぜ偽造を防ぐのか、その理由が書かれています - 終わらない戦い 総論・世界 偽金の歴史 現代
第7節。現在の紙幣に積み重なった工夫の一覧です - ルイドールと機械打ち フランス 1640〜1672年 パリの造幣所
第5節。三つの守りの原文。1672年、ヴァランが造幣機械の唯一の親方になるまで - ロンドン塔とロンドンの酒場 イギリス ニュートンの大改鋳 1696〜1727年
第6節。科学者が捜査官になった記録 - 東京 高輪 日本 幕末の政変と贋金 1869〜1871年
第8節。贋貨の後始末が国際の約束になった会談の記録 - 検める人 ギリシャ 前375/4年 アゴラの両替台
第1節。真贋の見極めを私人の目利きに任せず、国家が常勤の係を置いた最古級の法です。座る場所も、務めを怠ったときの鞭五〇打も、条文に書き込まれています - 貨幣のほうを、作り替えた インド 1329〜1330年ごろ 王の決断
第4節。偽造に負けた側の後始末です。王は自分の名において出したものとして、家で打たれた偽の銅貨まで金貨と銀貨で引き換え、国庫が枯れました - 白いインフレ 韓国 1890年代〜 裏の工房
政府が財政の穴埋めに鋳造の特許を売った先で、公認と闇打ちと偽造の境目が溶けていきます。同じ額面の顔をした貨幣が、どの炉から来たのか誰にも見分けられなくなりました
参考文献
この講座の本文で参照した本と資料です。