銘文
E6 — 読めれば、一気に近づく

EID MAR——たった六文字。「三月十五日」。カエサルが刺された日です。暗殺者ブルートゥスがその日付を貨幣に刻ませました。読めなければ、ただの古い銀貨。読めれば、二千年前の政治宣言です。
監修: 葉山 満 / 本文の読了目安: およそ 8 分(本文 4,099 字・毎分500字で換算。演習と読む教材の時間は含みません) / 本文のほかに、演習 11 問・実物 5 点・読む教材 11 停
この科目で、できるようになること
- ローマ貨の銘文によく出る略号を、対照表を引いて読み解ける。
- 銘文から、年代を絞る手がかりを取り出せる。
- 銘文が無いこと自体を、情報として扱えるようになる。
- 同じ銘文が、時代によって別の意味を持つ場合を見分けられる。
- 「読みの決まらない銘」「実年と切れた年号」を、誤りではなく情報として扱える。
- 擬帝銘・模倣銘を見分け、借用の相手と理由を推し量る型を使える。
レッスン(8節)
- 略号は、限られた数しかない略号は限られた数しかない。覚えるのではなく、表を引く。U は V、J は I。
- 銘文から、年代が絞れるローマ貨に年号は無い。TRP と COS の回数から範囲を出す。多くは一年に絞れない。
- 銘文が無いこと、変わらないこと銘文が無いことも、変わらないことも情報。刻まれた数字が意味どおりとは限らない。
- 文字だけの貨幣、額面だけの貨幣軸が薄いところは、対象が薄いのではなく分類が届いていない場合がある。
- 読めない名 — 和同開珎発行した国家自身が読みを書き残さなかった。決まらないことは、欠陥ではなく史料の実態。
- 凍った年号 — 永遠の一七八〇年銘の年号は、実際に打たれた年とは限らない。信用が型に宿ると、時間は凍る。
- 借り物の銘 — 皇帝の名から、王の名へ新しい権力は、まず旧い権威の銘を借りる。銘が自分の名に変わる瞬間が、独り立ちの瞬間。
- 非常の銘 — 籠城貨幣の約束形も材料も捨てた非常時に、銘と額面だけは守られた。銘文は信用の最後の砦。
読む教材(11)
- ローマ共和政 総論・世界2700年 紀元前 43年 ブルートゥスの陣営
EID MAR。六文字が何を主張しているか。この科目の出発点です - マッサリアの銀 フランス 前6世紀末〜前5世紀 オーリオルのオリーブ畑(プロヴァンス)
第3節。銘文のない銀貨2,130枚。文字が無いことも情報です - オーストリア 総論・世界2700年 後 1780年– 永遠の1780年
第3節。年号が鋳造年でなくなる場面。刻まれた数字を鵜呑みにしない例です - 籠城のカネ イギリス 1640年代 包囲されたニューアーク
籠城貨幣。形も意匠も保てなくなったとき、額面と刻印だけが残ります - 和同開珎 日本 708年〜 銭銘をめぐって
第5節。「決まらないままそう呼ばれてきた」——読みの決まらない銘の、教科書的な一例 - マリア・テレジア・ターラー ドイツ 1780年〜 ウィーンの造幣局
第6節。時間を凍らせた銀貨。年号が型の名になる過程を原文で - 西ゴートの金 スペイン 575〜711年 トレドとメリダ、造幣の都市
第7節。皇帝の名から王の名へ。銘の独り立ちの瞬間 - 紙で打たれた貨幣 オランダ 1573〜1574年 ライデン
第8節。銀が尽きた街が紙に刻んだ銘。「これは、自由のために」 - 鋳す庁は一つでない 韓国 17〜19世紀 銭の裏面
葉銭の裏の一文字、戸なら戸曹、訓なら訓錬都監。どの官庁の炉で生まれた銭かを自分で名乗る、出生の届けの読み方です。 - 写して作る トルコ 1690年 彫金師の机
新ゾロタの銘に刻まれたヒジュラ暦一〇九九年は、スレイマン二世が位に就いた年です。即位の年を刻むという慣行と、西暦ではない暦の数字を、そのまま読んでください。 - 死んだ王の名で ギリシャ 前323年〜 王亡き後の造幣所
アレクサンドロスの名を掲げた型の約九割は、王の死後の発行です。銘の名前が発行者を指すとは限らないことを、型録の配分で確かめてください。
評価方法
科目内の演習 11 問(確認 7・比較 1・記述 3)。到達は自己評価で記録します。