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形容詞がなった貨幣の名、グルデン

もとは「金の」を意味する形容詞だったグルデン。その名は金属から離れ、やがて帳簿の中の計算単位として、ひとつの貨幣の歴史を形作っていきます。

2026-10-26 葉山 満 言葉の由来
総論・世界 銀の地球一周/ヨアヒムスタール

金のフローリンと呼ばれた貨幣

グルデンという言葉は、もとは「金の」を意味する形容詞でした。フィレンツェが生んだフローリン型の金貨が、低地地方とドイツ語圏に伝わったときのことです。人々はこの金貨を「金のフローリン」と呼び、やがてその形容詞の部分だけが、金貨そのものを指す名として残りました。

強い貨幣は真似されます。ライン川沿いの諸侯たちは百合の意匠ごとフローリンを借り、ハンガリーもその規格を写しました。模倣は、元の規格を物差しとして広げる行いでもありました。写した側も、価値の源である規格を守らなければ意味がなくなるからです。こうしてフィレンツェの百合はヨーロッパの金貨の共通語となり、グルデンという名も各地に残りました。オランダのギルダーも、この系譜に連なる名前です。

金貨の価値を銀で作り直す

グルデンは、金貨の名であると同時に、価値を測る単位でもありました。コンスタンティノープルが陥ちて六十年あまりのち、ヨーロッパはボヘミアの谷、ヨアヒムスタールで新しい銀の山を掘り当てます。シュリック家の領地で銀が見つかったのは一五一六年のことでした。

ここで打たれた大きな銀貨は、ヨアヒムスターラー、やがてターラーと呼ばれます。最初のターラーが打たれたのは一五二〇年一月九日。重さはおよそ二十九グラム、直径はおよそ四十ミリ。この一枚は、金貨一グルデンと同じ値打ちになるように設計されていました。それはつまり、金貨を銀で作り直したものだったのです。

帳簿のなかで育った名

低地地方では、四つの邦がひとつの貨幣を持つという統合が試みられていました。この試みは財政と商業の実務を動機とするもので、ヘルレやユトレヒトのように枠の外に残る土地もあり、完成した物語ではありません。それでも、この統合の帳簿の中で、ひとつの名が育っていきました。それがグルデンです。

低地では、一グルデンが二十ストイフェルという換算が定着し、グルデンは帳簿の上で働く計算単位となります。実物の硬貨としてではなく、まず計算の単位として、その役割を確立していったのです。

金属から離れてゆく名前

グルデンという名は、もともと「金の」という意味でしたが、次第に特定の金属から離れていきます。千五百二十一年に金のカロルスグルデンが、千五百四十三年には銀のカロルスグルデンが、どちらも同じ二十ストイフェルという価値で定められました。

グルデンという名が、もはや金を意味しない単位になったことを示す出来事です。そして、実物の一グルデン銀貨が初めて打たれるのは、さらに時代が下った千六百八十年のことでした。ホラント州が発行したこの銀貨によって、帳簿上の単位だった名は、再び人々の手に触れる硬貨となります。

千八百十六年に一グルデンは百セントになり、その後の換算率は一ユーロ=二・二〇三七一グルデンでした。

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