売らない、勧めない、鑑定しない講師です。
僕は、金融の仕事を経て、第二種金融商品取引業、貸金業、投資助言・代理業の3つの登録を持つ会社を経営していました。
- 第二種金融商品取引業
- 貸金業
- 投資助言・代理業
金融の仕事を経て、現在も資産運用のコンサルティングとアンティークコインの売買に携わる。資産を築き、使い、守り、次の世代へつなぐという視点から、お金と実物資産の扱い方を伝えている。NOMISMAでは、実物と史料を確かめる方法を、歴史や現代の暮らしについて考える学びへ広げる。

僕は、金融の仕事を経て、第二種金融商品取引業、貸金業、投資助言・代理業の3つの登録を持つ会社を経営していました。
僕はもともと金融の仕事をしてきて、今も資産運用のコンサルタントをしています。ただ、どの商品をいつ買うかといった、登録が必要な助言はしていません。アンティークコインの売買も、僕の仕事の一つです。
金融の仕事では、資産をどう増やすかを考えます。それはもちろん大切です。ただ、僕が考えたいのは、その先までです。
増えた資産を、何のために持つのか。必要になったとき、どう使うのか。保有している間に何を確かめ、手放すときには何を考えるのか。家族や次の世代へ渡すなら、何を準備しておくのか。
資産の数字が増えることと、その資産を自分の生活に合う形で扱えることは、同じではないと思っています。
その関心から、僕は実物資産にも目を向け、その中でアンティークコインに注目しました。
僕が特に面白いと感じているのは、一枚の価値の根拠を調べていく過程です。いつ、どこで発行されたものなのか。保存状態はどうか。来歴はどこまで分かっているか。過去の取引と比べるなら、どの条件が同じで、どの条件が違うのか。
手元に実物がある。それでも、見ただけでは分からないことがある。資料や取引記録へ戻って、確認できることと、まだ分からないことを分けていきます。
調べれば必ず価値が上がる、という意味ではありません。資料が十分でないこともありますし、買うときだけでなく、保有や売却にも条件があります。だからこそ、何を根拠に判断したのかを説明できることが大切だと考えています。
この確かめ方を、コインを買う人だけのものにしたくありません。
銀行の説明を聞くとき。家を買うか考えるとき。働き方を変えるとき。家族のお金を引き継ぐときにも、何が分かっていて、何をまだ確かめていないのかを整理する必要があります。
誰かがうまくいった方法が、そのまま自分にも合うとは限りません。使えるお金も、時間も、家族の事情も、大切にしたいことも違います。
NOMISMAでは、実物と史料からお金の歴史を読み、いまの制度や暮らしへと考えを広げます。
昔の人が何に困り、どんな選択肢を持っていたのか。働く人と、雇う人では、同じ規則がどう違って見えるのか。社会が変わると、住まいや財産を持つ条件がどう変わるのか。
歴史を読むのは、昔の出来事から未来を当てるためではありません。いま当然だと思っている仕組みや生き方にも、作られてきた経緯がある。そのことを知ると、自分が判断するときに見るものが増えます。
一方で、知識が増えるほど、何も選べなくなる場にもしたくありません。何を自分で調べ、何を専門家に任せるのか。どの条件なら進み、どこで見送るのか。分からないことを残しながらでも、判断を進める方法を考えます。
コインを買うことが、NOMISMAのゴールではありません。自分の目的に合わなければ買わない。すぐに決めずに調べる。別の方法を選ぶ。それも大切な判断です。
お金を増やしたい人もいれば、安心して使えるようになりたい人もいるでしょう。家族との時間を増やしたい人、好きなものを集めたい人、仕事に挑戦したい人、次の世代への渡し方を考えたい人もいると思います。
僕と同じ選択をする必要はありません。
何を大切にして、どんな条件を確かめ、その選択をしたのか。そこを自分の言葉で説明できるようになる。
金融と実物資産の両方に携わってきた経験を、資産の話だけで終わらせず、一人ひとりのお金との向き合い方を考える学びへつなぐ。それが、僕がいまNOMISMAで目指していることです。
講座の組み立てと執筆。国別のお金の歴史の脚本と監修。
運営会社の株式会社コンボイスイッチは古物商の許可を受けています(福岡県公安委員会 第901032010105号)。主宰はこの会社でコインの売買に携わっています。NOMISMAと商売の関係はお問い合わせに、数字とともに書いています。
ニュートンが偽金を追った話、銀貨が海を渡った話。一つの話題から、お金の歴史を読みます。
「天下の富は朕が有つ」と宣言した詔は、そのすぐ後で「一握りの土でもよい」と続きます。疫病と乱で国が疲弊した時代に、大仏を造るための銅が集められました。
十九世紀、ある商会は戦争の資金を動かし、新興国家の銀行設立にも名を連ねました。損を分け合う仕組みから生まれた商会は、時に王よりも大きな力で国を動かす存在になります。
千六百六十八年、江戸亀戸で生まれた一枚の銭が、渡来銭の時代を終わらせました。その銭は飢饉を越え、昭和の日本まで法律の上で通用し続けます。
一億グルデン。条約の紙に書かれたその数字が、ヨーロッパ中の宮廷に金を貸してきた国の転落を、一行で言い切っていた。
もとは「金の」を意味する形容詞だったグルデン。その名は金属から離れ、やがて帳簿の中の計算単位として、ひとつの貨幣の歴史を形作っていきます。
永楽通宝は明で鋳られ、明の国内ではほとんど回らなかった。自国で使わない銭を、輸出のために鋳る国があり、自国で鋳らず輸入した銭を基準にする国があった。