NOMISMA SCHOLA
READING A COIN

戳記だらけの銀貨

打刻で王の顔が潰れた八レアル銀貨があります。その傷は欠点ではなく、検めを受けてきた回数の記録でした。

2026-07-24 葉山 満 実物を読む

面が小さな刻印で埋まった銀貨があります。もとの図像は打ちつぶされ、王の顔も判別できません。八レアル銀貨——スペイン領アメリカで打たれ、世界を回った大型の銀貨です。

この打刻を戳記(そうき)といいます。英語ではチョップマークと呼ばれます。

打ったのは誰か

太平洋を渡ってきた八レアルを、中国側で待ち受けていた専門家がいました。両替商に属する銀の鑑定人です。シュロフと呼ばれました。

シュロフは受け取った銀貨を一枚ずつ検めます。良しと見れば、自分の戳記を打ちました。この小さな刻印が、検品済みのしるしとして通用します。

遠いスペインの王が何を約束していようと、この市場で銀貨を通すのは、手元の鑑定人の目でした。

なぜ潰れても流れ続けたのか

手を経るほど、印は増えます。何人もの手を渡ると、面は印で埋まります。王や皇帝の肖像が、名も知らぬ商人たちの印の下に消えることもありました。

それでも、この銀貨は流れ続けます。

打刻だらけであることは、傷ではありません。何度も検めを受け、そのたびに通ってきたという記録の積み重ねだからです。戳記の重なった八レアルは、信用の履歴書を身にまとった貨幣でした。

秤の国で起きたこと

背景には、中国の貨幣の仕組みがあります。この国は銀を塊で持ち、取引のたびに秤で量りました。額面は書かれていません。銀の重さと品位(含まれる銀の割合)が、そのまま値でした。

しかも一両の重さは土地ごとに違いました。海関の両、庫平の両、漕平の両。同じ名で、違う重さです。

そこへ、重さと品位の揃った外国の銀貨が入ってきます。枚数で数えられ、秤を出さずに済む。十八世紀から十九世紀にかけて、開かれた港では外国の銀貨が事実上の基準になりました。

信用は下からも積める

ただし、一つひとつの戳記が何を保証していたのかを、いま確かめる方法はありません。誰の印かを判じる手がかりも、多くは失われています。読み取れるのは、印が重なっているという事実だけです。

それでも、この銀貨は一つのことを言っています。誰が発行したかより、誰が確かめたか。貨幣の信用は、上から与えられるだけのものではありませんでした。

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