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CASE FILES

住宅価格が下がっただけで、なぜ金融システムが止まったのか。

世界金融危機 二〇〇七〜〇九 / 2007〜2009 年 / アメリカ合衆国・欧州 / 信用・流動性・金融危機

2007 年夏、米国の住宅ローンを束ねた証券の値下がりが、預金ではなく担保付きの短期資金(レポ・ABCP・MMF)で回る仕組みを止めた。取り付けはレポのヘアカットの上昇として現れ(2007 年前半 0% → 2008 年平均 27.2%)、2008 年 9 月 15 日の Lehman 破綻、翌日の MMF の額面割れと AIG への 850 億ドルの貸付で頂点を付けた。Fed は政策金利を 5.25% から 0〜0.25% へ下げ、海外中央銀行へのスワップの残高は 6,000 億ドル弱に達し、国は 7,000 億ドルの購入権限と MMF の保証で応じた。失業率は 5.0% から 10.0% へ上がった。

何が起きたか

2007 年の夏、アメリカの住宅ローンを束ねた証券の値が下がり始めたとき、金融の仕組みの中心は銀行の預金ではなく、翌日ごとに借り換える短期の資金にありました。貸したまま持つ銀行から、「組成して分配する」銀行へ。住宅ローンは束ねられ、格付けされ、世界の投資家に売られます。投資銀行はその証券を担保に翌日物のレポで資金を借り、総資産に占める翌日物レポの比率は 2000 年から 2007 年でおよそ 2 倍になりました。金融危機調査委員会(FCIC)の一つの物差しでは、五大投資銀行のレバレッジは 40 対 1 で、資産が 3% 弱下がれば会社が消える計算です。Bear Stearns は 2007 年末に資本 118 億ドル、負債 3,836 億ドルで、翌日物で最大 700 億ドルを借りていました。ニューヨーク連銀の職員論文が「影の銀行」と呼ぶ仲介者の負債は 2007 年 6 月に 22 兆ドル近くあり、伝統的な銀行の負債 14 兆ドルを上回ります。預金保険も割引窓口も、この 22 兆ドルにはありませんでした。

引き金は住宅ローンの延滞で、2007 年 2 月に増え始めます。6 月中旬に Bear Stearns の 2 つのヘッジファンドが追証に応じられず、Bear は 32 億ドルを注ぎました。7 月、資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)の市場が乾き、ドイツの IKB が 35 億ユーロの救済を受け、7 月 31 日には American Home Mortgage が資金繰りに窮します。8 月 9 日、BNP Paribas が 3 つのファンドの解約を凍結し、欧州中央銀行は 950 億ユーロ、Fed は 240 億ドルを翌日物で供給しました。ABCP の平均金利は 8 月 8 日から 10 日で 5.39% から 6.14% へ跳ね、3 か月 LIBOR と OIS の差は 8bp 前後から 8 月に急騰します。Gorton と Metrick は、この 8 月を最初の「体系的事象」と呼びました。

Fed の初動は公定歩合でした。8 月 17 日に primary credit rate を 50bp 下げて 5.75% とし、貸付期間を 30 日に延ばします。9 月 18 日に FF 金利の目標を 50bp 下げて 4.75%、10 月 31 日に 4.50%、12 月 11 日に 4.25%。翌 12 月 12 日、割引窓口の借入を嫌う銀行のために期間資金を入札で配る TAF を新設し(初回 200 億ドル・28 日物)、同時に ECB と 200 億ドル、SNB と 40 億ドルの通貨スワップを承認しました。BIS の論文によれば、スワップは TAF を計画する中で ECB の側が求めたもので、欧州の銀行のドル資金不足に応えるものでした。

2008 年 1 月 22 日、Fed は定例会合の外で 75bp 下げて 3.50%、1 月 30 日に 3.00% としました。3 月 11 日に 2,000 億ドルの TSLF を発表したその週、Bear Stearns はレポ市場で資金を得られなくなります。3 月 14 日にニューヨーク連銀が JPMorgan 経由で 129 億ドルを貸し、16 日(日曜)には Bear の資産 299 億 7,000 万ドルを Maiden Lane LLC が引き取りました。連銀が 288 億 2,000 万ドルを貸し、JPMorgan の 11 億 5,000 万ドルの劣後融資が最初の損失を負う形です。JPMorgan は 1 株 2 ドルで買収を発表し、3 月 24 日に 10 ドルへ引き上げました。同じ日曜、Fed は投資銀行に初めて割引窓口を開く PDCF を設け、公定歩合を 3.25% に下げます。3 月 18 日に FF 目標は 2.25%、4 月 30 日に 2.00% になりました。

9 月 7 日、FHFA が Fannie Mae と Freddie Mac を管理下に置き、財務省は両社の純資産を正に保つ優先株購入契約と信用枠、MBS の購入を発表します。9 月 14 日(日曜)、Fed は「大手金融機関の解体」に備えて PDCF の担保を三者間レポの担保の範囲へ広げました。15 日(月曜)、Lehman Brothers が連邦破産法 11 章を申請します。Lehman のコマーシャルペーパーを 7 億 8,500 万ドル、総資産 624 億ドルの 1.2% 持っていた MMF の Reserve Primary Fund には、この日の午前だけで 108 億ドル、15 日から 16 日にさらに 290 億ドルの解約請求が来ました。理事会は 15 日に Lehman 債を 80 セントと評価していましたが、16 日午後 4 時にゼロと評価し、1 株 1 ドルの純資産価値を割ります。同じ 16 日の夜、Fed は連邦準備法 13 条 3 項で AIG に最大 850 億ドルを貸すことを承認しました。期間 24 か月、金利は 3 か月 LIBOR+850bp、政府が 79.9% の持分を得る条件です。

9 月 19 日、財務省は為替安定基金から最大 500 億ドルで MMF を 1 年間保証する制度を、Fed は MMF から ABCP を買い取る資金を銀行に貸す AMLF を発表しました。9 月 21 日に Goldman Sachs と Morgan Stanley が銀行持株会社となり、25 日に Washington Mutual が FDIC の管理へ移り、29 日に下院が法案を否決し、10 月 3 日に緊急経済安定化法が成立します。不良資産の購入権限は段階制で、成立時に 2,500 億ドル、大統領の証明で 3,500 億ドル、議会が 15 日以内に不承認しなければ 7,000 億ドル。預金保険の上限は 10 万ドルから 25 万ドルへ、2009 年末まで臨時に引き上げられました。10 月 13 日、財務省は TARP の 2,500 億ドルを資本購入プログラムに充て、その半分の 1,250 億ドルを 9 社へ入れます。

10 月 8 日に FF 目標は 1.50%、29 日に 1.00% へ下がり、10 月中旬にはスワップ線の上限が外されました。残高はその 2 か月後に 6,000 億ドル弱で頂点を付けます。2008 年のユーロダラー負債は 13 兆ドル弱でした。11 月 25 日、Fed は GSE 債を最大 1,000 億ドル、GSE が保証する MBS を最大 5,000 億ドル買うと発表し、12 月 16 日に FF 金利の目標を 0〜0.25% の幅に置きました。Fed の貸借対照表は 2007 年 11 月の約 1.2 兆ドルから 2008 年 12 月の約 2.3 兆ドルへ膨らんでいます。日本銀行は 10 月 31 日に無担保コールレートの誘導目標を 0.3% 前後へ下げ(賛成 4 反対 4、議長裁決)、12 月 19 日に 0.1% 前後へ下げて、長期国債の買入れを年 16.8 兆円に増やしました。

景気の山は 2007 年 12 月、谷は 2009 年 6 月で、収縮は 18 か月です。失業率は 2007 年 12 月の 5.0% から 2009 年 6 月に 9.5%、10 月に 10.0% へ上がりました。2008 年に 360 万、2009 年 12 月までにさらに 470 万の雇用が失われ、FHFA の全取引住宅価格指数は 2007 年第 1 四半期の 380.31 から 2012 年第 2 四半期の 308.14 へ 19.0% 下がります。FCIC は報告の印刷時点で 2,600 万人超が失業・不完全就業・求職断念の状態にあり、約 400 万世帯が差押えで家を失い、家計資産は 11 兆ドル近く失われたと書きました。

出来事の順 出所: Board of Governors of the Federal Reserve System
  1. 2006
    • 6 月 29 日FF 金利の目標 5.25%(4 回の 25bp 引上げの最後)
  2. 2007
  3. 2008
  4. 2009
  5. 2011
  6. 2012

お金はどう動いたか

動いたのは預金ではなく、担保付きの短期資金です。預金保険の上限 10 万ドルを超える大口の資金は、預金の代わりにレポ、すなわち証券を売って翌日買い戻す約束へ向かいました。買い手は証券を担保として受け取り、担保の値より少ない額しか貸しません。この差がヘアカットです。Gorton と Metrick は、伝統的な銀行の準備・預金保険・預金金利に当たるものが、レポではヘアカット・担保・レポ金利だと整理しました。

取り付けは、預金の引出しではなく、ヘアカットの上昇として現れました。国債を除く 9 種の担保のヘアカット指数は 2007 年前半に 0%、後半に 3.9%、2008 年の平均で 27.2%、年末の頂点で 50% 近くになります。値の付かない ABS や MBS は 2008 年平均で 68.0%、AA から AAA の CDO でも 53.5% でした。いくつかの担保は取引そのものが止まり、それはヘアカット 100% と同じ意味を持ちます。レポ市場を 10 兆ドルとすれば、平均ヘアカットが 20% に上がるだけで 2 兆ドルの資金が消えます。担保を売れば値が下がり、担保が減り、ヘアカットがさらに上がりました。

Brunnermeier は、住宅ローンの損失が数千億ドルであるのに対し、2007 年 10 月からの 1 年で失われた米国株式の時価が 8 兆ドルに達した理由を、四つの増幅機構で説明します。第一に借り手の貸借対照表。レバレッジ 10 倍の投資家は資産が 5% 下がると保有を半分に減らさねばならず、その売りが値を下げ、値下がりがマージンを上げます(損失スパイラルとマージン・スパイラル)。第二に貸し手の側で、自分の資金繰りが読めない銀行は資金を貯め込みます。第三に取り付けで、ABCP の借換え拒否、Bear からのヘッジファンドの資金引揚げ、AIG への CDS の担保請求がそれに当たります。第四にネットワークで、相殺できる持ち高が取引相手への不安のために相殺されず、Lehman 破綻後の 9 月 15 日から 19 日に投資銀行同士が互いの CDS を買いました。

止まった資金の代わりを出したのは中央銀行と国です。Fed の道具は三つの群に分かれます。最後の貸し手としての短期流動性(割引窓口・TAF・PDCF・TSLF)と海外の中央銀行へのスワップ、主要な信用市場の借り手と投資家への直接の流動性(CPFF・AMLF・MMIFF・TALF)、そして長期証券の買入れです。スワップの残高は 6,000 億ドル弱で頂点を付け、1960 年代の数億ドルと桁が三つ違います。国は MMF を 500 億ドルの枠で保証し、7,000 億ドルの購入権限で資本を入れ、預金保険の上限を 25 万ドルに上げました。

最後に誰が払ったか、と問えば、答えは三層です。担保を失って売った借り手と、資本を削られた金融機関。政府が約した金額で、AIG に 1,800 億ドル超、GSE に 2010 年第 3 四半期までに 1,510 億ドル、9 社に 1,250 億ドルの資本。そして職と家を失った人々です。政府の支出の最終的な損益は、このファイルでは確かめていません。

FF 金利の目標(引下げの実施日ごとの水準)(%)0355.252006/64.752007/94.5104.25123.52008/1312.253241.5101100.2512幅 0〜0.25 の上端
Fed の表の実施日ごとの水準。2008 年 12 月 16 日は 0〜0.25% の幅で、図は上端の 0.25 を置く。 出所: Board of Governors of the Federal Reserve System 2006〜2008 年の表
失業率(16 歳以上・季節要因を除く)(%)05104.42007/3512景気の山5.62008/66.197.3128.72009/39.56景気の谷10109.42010/69.312
BLS の月次系列から抜いた点。景気の山は 2007 年 12 月、谷は 2009 年 6 月(NBER)。 出所: U.S. Bureau of Labor Statistics LNS14000000
FHFA 全取引住宅価格指数(米国、1980 年第 1 四半期=100)(指数)0190380299.982004333.342005368.222006380.312007頂点371.832008350.342009325.82010314.652011308.142012/Q2316.242013
各年第 1 四半期の値と谷。名目・季節要因を除いていない。頂点は 2007 年第 1 四半期の 380.31、谷は 2012 年第 2 四半期の 308.14。 出所: U.S. Federal Housing Finance Agency USSTHPI
6,000 億ドル弱ドルスワップ線の残高の頂点2008 年 12 月(上限撤廃の 2 か月後)・名目 グラフの読み。H.4.1 の系列は未登録BIS 2020 p.7 Graph 1・p.37
13 兆ドル弱ドルユーロダラー負債2008・名目BIS 2020 p.39
0〜0.25%%FF 誘導目標2008-12-16Federal Open Market Committee 2008 声明
0.0% → 3.9% → 27.2%(頂点 50% 近く)%レポのヘアカット指数(国債を除く 9 種の等加重平均)2007 年前半 → 2007 年後半 → 2008 年平均・分母 担保の値 時系列(図 4)は画像のため未取得Gary B. Gorton, Andrew Metrick 2009 表 I Panel D/E・序論 p.5
380.31 → 308.14(−19.0%)指数(1980Q1=100)住宅価格指数(FHFA 全取引)2007Q1 → 2012Q2・名目 Case–Shiller は未登録U.S. Federal Housing Finance Agency CSV
22 兆ドル近く(伝統的銀行 約 14 兆ドル)ドル影の銀行の負債(グロス)2007 年 6 月・名目 資金循環統計の集計。頂点後に 5 兆ドル縮小Zoltan Pozsar, Tobias Adrian, Adam Ashcraft, Hayley Boesky 2012 図 1 pp.7–8
総資産 624 億ドル、Lehman CP 7 億 8,500 万ドル(1.2%)ドルReserve Primary Fund2008-09-15・分母 総資産・時価 7 億 8,500 万は SEC 発表と一致Financial Crisis Inquiry Commission 第 20 章 pp.356–357
最大 850 億ドル(24 か月・LIBOR+850bp・持分 79.9%)ドルAIG への貸付枠2008-09-16・名目 政府の関与は後に 1,800 億ドル超(FCIC 結論)Board of Governors of the Federal Reserve System 2008 発表
2,500 → 3,500 → 7,000 億ドル(残高上限)ドルTARP の購入権限2008-10-03・名目110th Congress of the United States 2008 第 115 条
最大 500 億ドル(ESF)・1 年ドルMMF 保証の枠2008-09-19・名目U.S. Department of the Treasury 2008 発表
40 対 1(一つの物差し)五大投資銀行のレバレッジ2007・分母 資本・簿価 Bear は資本 118 億・負債 3,836 億・翌日物 700 億ドル(2007 年末)Financial Crisis Inquiry Commission 結論 p.xix
5.0% → 9.5% → 10.0%%失業率2007-12 → 2009-06 → 2009-10・分母 16 歳以上の労働力・季節要因を除くU.S. Bureau of Labor Statistics LNS14000000
360 万(2008 年)+470 万(2009 年 12 月まで)雇用の喪失2008〜2009Financial Crisis Inquiry Commission 第 21 章 p.390
約 1.2 兆 → 約 2.3 兆ドルドルFed の貸借対照表2007-11 → 2008-12・名目 H.4.1 の原統計は未登録Markus K. Brunnermeier 2009 pp.90–91

何から分かるか

史料は 4 つの群に分かれます。第一に公文書。FCIC 最終報告書(2011 年 1 月、米国政府刊行物)の結論部と該当章、Fed・財務省・SEC の発表、緊急経済安定化法の条文、日本銀行の決定文を読みました。第二に公的統計で、BLS の失業率、NBER の景気日付、FHFA の住宅価格指数です。第三に研究。Brunnermeier(2009)を全文、Gorton と Metrick の 2009 年草稿を該当節で読み、ニューヨーク連銀と BIS の職員論文も該当節で読みました。第四に反対意見で、FCIC の少数意見二つを序論と結論で読んでいます。

FCIC の多数意見は、危機は避けられたと結び、規制と監督の失敗、ガバナンス、過剰な借入と不透明、政府の準備不足、倫理の崩壊、証券化のパイプライン、店頭デリバティブ、格付け会社を挙げます。GSE は寄与したが主因ではなく、過剰流動性は前提条件だが原因ではない、というのが委員会の立場です。これに対し 3 人の委員は、単一原因説はどれも不十分で多数意見は広すぎるとして 10 の本質的原因を挙げ、信用バブルの原因を国際資本移動とリスクの再評価に求めました。もう 1 人の委員は、政府の住宅政策が 2,700 万件のリスクの高いローンを生んだことを必要条件とします。研究者の側では、Brunnermeier が低金利(アジアからの資本流入と Fed の金利政策)と「組成して分配する」転換を前提に置きます。このファイルはどれか一つを事実として採りません。

これらには偏りと限界があります。FCIC の本文の数字は PDF のフォントの都合で通常の抽出では欠け、このファイルでは SEC と Fed の発表で確かめた数(7 億 8,500 万ドル・9 月 16 日・850 億ドル)を手がかりに復元した写しで読みました。復元の方法は史料室の記録に書いてあります。Fed と財務省の発表は行為者自身の文書で、理由は行為者が書いています。Brunnermeier の論文は 2008 年 10 月までの記録で、著者公開版で読みました。Gorton と Metrick の指数は図が画像のため、期間の平均だけを表から取っています。格付けについて FCIC が挙げる数(Moody's が 2000 年から 2007 年に 45,000 近い住宅ローン関連証券を AAA とし、2006 年の AAA の 83% が後に格下げ)は、委員会の事例研究に基づきます。Lehman の破産管財人の報告、FOMC の議事録、SEC の訴状本文は開いていません。

何から分かるか — 史料の層

公文書

原因の帰属

FCIC 多数意見

回避可能。規制と監督の失敗、ガバナンス、過剰借入、政府の準備不足、倫理、証券化、OTC、格付け。GSE は主因でない。過剰流動性は前提条件だが原因でない

Financial Crisis Inquiry Commission
FCIC 反対意見(Hennessey・Holtz-Eakin・Thomas)

単一原因説はどれも不十分、多数意見は広すぎる。10 の本質的原因。信用バブルの原因は国際資本移動とリスクの再評価、金融政策は増幅要因かもしれないが本質ではない

Financial Crisis Inquiry Commission
FCIC 反対意見(Wallison)

政府の住宅政策が 2,700 万件のリスクの高いローンを生んだことが必要条件

Financial Crisis Inquiry Commission
Brunnermeier 2009

低金利(資本流入と Fed の政策)と「組成して分配する」転換が前提。増幅機構が損失を危機にした

Markus K. Brunnermeier 2009

危機の型

本ファイル

crisis を主、mania(住宅)を従。住宅の値上がりが持続不能だったことは四者が前提とする

Lehman を救えたか

Brunnermeier 2009

買い手は政府保証を求め、財務省と Fed は納税者の資金による保証を出さなかった

Markus K. Brunnermeier 2009
FCIC 反対意見(Hennessey ほか)

他の破綻機関への行動から見て、使える選択肢があれば取っただろう

Financial Crisis Inquiry Commission
FCIC 多数意見

Bear 救済 → GSE → Lehman 不救済 → AIG 救済の一貫性の無さが不確実性を増した

Financial Crisis Inquiry Commission

よく聞く説明を確かめる

「サブプライムの損失そのものが危機を起こした」。損失は引き金でしたが、規模の説明にはなりません。Brunnermeier は住宅ローンの損失を数千億ドル、失われた株式の時価を 8 兆ドルとし、その差を増幅機構に求めます。Gorton と Metrick は、サブプライムの弱体化それ自体は体系的な問題を起こしたショックではなく、2007 年 8 月のレポ市場のショックがそれだと書きます。ニューヨーク連銀の論文は、格付け会社・リスク管理者・投資家・規制当局のすべてが資産価格の相関を過小評価したことに、民間の保証が崩れた理由を求めています。

「誰も予見しなかった」。FCIC は、警告はあったが無視されたと結びます。サブプライム貸出と証券化の急増、持続不能な住宅価格、略奪的貸付の報告、家計の住宅ローン負債の急増、翌日物のレポ市場の膨張がそれです。Brunnermeier も、2007 年初めには多くの観察者が流動性バブルの危険を懸念していたが、波に乗る方が有利と見られていたと書き、大手銀行の経営者の 7 月 10 日の発言(音楽が鳴っている限り踊る)を引きます。予見した人はいました。動かなかったのは仕組みの方です。

「Lehman を救わなかったことだけが分岐点」。取り付けは 2007 年夏に始まり、Lehman の後で頂点を付けた、とニューヨーク連銀の論文は書きます。Gorton と Metrick は 2007 年 8 月を最初の体系的事象、Lehman を第二とします。FCIC の反対意見は 9 月 7 日の GSE から 10 月 3 日の法成立までの連鎖を並べ、パニックを Lehman だけに帰すのは誤りだと書きました。多数意見の側も、Bear を救い、GSE を管理下に置き、Lehman を救わず、AIG を救うという一貫性の無さが不確実性を増したと評価しています。分岐点は一つではありませんでした。

Lehman を救えたか、救うべきだったかは、このファイルでは開いたままです。Brunnermeier は、買い手が政府保証を求め、財務省と Fed が保証を出さなかったと記します。FCIC の反対意見は、当局が他の破綻機関に取った行動から見て、使える選択肢があれば取っただろうと書きます。当局自身の説明は FOMC の議事録にあり、このファイルでは BIS の論文経由でしか読んでいません。

「サブプライムの損失そのものが危機を起こした」

一部は事実出どころ: 通俗(出どころは未特定)

Markus K. Brunnermeier 2009 Gary B. Gorton, Andrew Metrick 2009 Zoltan Pozsar, Tobias Adrian, Adam Ashcraft, Hayley Boesky 2012

「誰も予見しなかった」

裏付けなし出どころ: 通俗(出どころは未特定)。FCIC は「ウォール街とワシントンの多くが予見も回避もできなかったと言う」と記す

Financial Crisis Inquiry Commission Markus K. Brunnermeier 2009

「Lehman を救わなかったことだけが分岐点」

争いあり出どころ: 通俗(出どころは未特定)

Zoltan Pozsar, Tobias Adrian, Adam Ashcraft, Hayley Boesky 2012 Gary B. Gorton, Andrew Metrick 2009 Financial Crisis Inquiry Commission

今とのつながり

この事件から今に残るのは、値段ではなく、資金の場所です。預金保険と最後の貸し手は銀行の預金を守るために作られ、2007 年には資金の多くがその外の、担保付きの短期市場にありました。担保の値と借り手の支払能力が同じ向きに動くとき、ヘアカットの上昇は預金の引出しと同じ働きをします。この構造は、現代のお金の科目の「短く借りて長く持つ」「担保の値が落ちたとき」と、繰り返す構造の「信用には、何を差し出すのか」「『安全』は、誰が約束しているのか」で扱います。

もう一つ残るのは、最後の貸し手の形です。Fed は自国の銀行だけでなく、海外の中央銀行を通じてドルを貸し、そのスワップ線は常設になって 2020 年 3 月にも使われました。政策金利は 2008 年 12 月に 0〜0.25% に着き、長期証券の買入れが道具になります。このファイルは現在の住宅価格や金利について何も予測しません。

比較の限界

1907 年の恐慌とは、決済の中心の外にいた仲介者に取り付けが向かった点で並べられます。違うのは、金本位と私的な手形交換所か、中央銀行と証券化・レポかという仕組みの場所です。数値の比較はしません。

1980 年代の日本の資産バブルとは、不動産の値段と貸出が結びつき、値段の下落が貸し手の帳簿を壊した点で並べられます。違うのは、日本は銀行の貸出と土地の担保が中心で、証券化・レポ・MMF は主役でなく、崩れる速さも数年と数週間で桁が違うことです。「1929 年=2008 年」の同一視はしません。チューリップ狂やマドフの詐欺とは仕組みに共通項が無いため、並べません。

史料

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