ローマ帝国の貨幣改革
ネロからディオクレティアヌスへ。皇帝たちがお金の中身や制度を変えた経緯をたどります。
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3分でわかる ローマの銀貨が薄くなった話
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横に送って見られます
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ローマの銀貨は、はじめほぼ純銀で、重さはおよそ4グラム
デナリウスと呼ばれた銀貨
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後64年
皇帝ネロが銀貨を軽くした。そこから銀は減り続けた
次の皇帝は、下げた所から始める
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215年
カラカラは「2倍の値打ち」と言う銀貨を作った
二 → 1.5
名乗った値打ちと、中の銀の量(デナリウス分)
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3世紀半ば
銀はおよそ2パーセントに。銅に銀を薄くかぶせただけになった
壊れたのは、お金を信じる気持ち
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274年〜
アウレリアヌスは中身を示す印を打った。でも銀は戻らなかった
印だけでは、信用は戻らない
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301年
ディオクレティアヌスは、あらゆる物の値段の上限を法で決めた
最高価格令
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その値段では誰も売らず、物が市場から消えた
どの一手も、前の一手の後始末だった
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コンスタンティヌスは銀をあきらめ、金貨一つを守ると決めた
ソリドゥス。純度を700年守った
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11世紀
700年守った純度が、わずか数十年で崩れた
築くのは長く、壊れるのは速い
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700年
金貨ソリドゥスが純度を守った長さ。崩れたのは数十年
3 あなたならどうする?
あなたは皇帝です。物の値段が上がり続けています。「値段の上限を法で決め、破った者は罰する」。これで止まるでしょうか?
選んでみてください
止まる。法で決めれば守られる 実際には、その値段で売ると損をする売り手が売らなくなり、物が市場から消えました。ただし効き方には地域差の説もあります。
止まらない。売る人がいなくなる その通りです。定価では誰も売らず、物は市場から消えました。1700年前のこの失敗は、今も教科書に載っています。
法は決めて罰することはできても、お金を信じさせることはできません。
再現画
この講座で、分かるようになること ローマの銀貨が劣化していく順序を、人物の名で言える。 劣化を止めようとした試みが、なぜ効かなかったかを説明できる。 コンスタンティヌスの答えが、それまでと何が違ったかを言える。
詳しい案内 講座の番号:C04
監修: 葉山 満
本文のほかに、演習10問・コイン4点・読む教材10件・参考文献1件 所要時間の出し方
ほかに分かること 同じ時期の東方(漢)と比べて、何が違ったかを説明できるようになる。 ネロからディオクレティアヌスまで、劣化の当事者たちを順に語れる。 「戻す試み」の三つの型(しるし・価格統制・新貨幣)とその結末を説明できる。
この講座は、ほかの講座を読まなくても始められます。
あわせて読むと、つながりが分かる講座(任意)
出典の確かめ方を詳しく知りたい方へ(任意)
評価方法 講座内の演習10問(確認7・比較0・記述3)。到達は自己評価で記録します。
この講座の8つの章 ネロが始めたことは、ネロで終わらなかった一度下げると次の人はそこから始める。下げる方向にだけ動く階段ができる。 止めようとした人がいた。そして効かなかった価格を止めても、上がる理由が残っていれば取引のほうが消える。ただし評価には諸説がある。 コンスタンティヌスは、別の答えを出した守る対象を絞れば守りきれる。ただし七百年かけて守ったものも、崩れるのは数十年。 東では、同じ時期に何が起きていたか条件が正反対でも同じ結果になることがある。共通点でなく差異を問う。数字の精度も確かめる。 二倍を名乗った男 — カラカラ額面二デナリウス、中身一・五。放射の冠は、水増しの王冠だった。 二パーセントの世 — ガリエヌスの白い貨幣青銅の芯に銀の化粧。壊れたのは誰か一人の富ではなく、通貨への信という富だった。 しるしで戻そうとした男 — アウレリアヌス品位のしるしを刻んでも、銀そのものは戻らない。刻印だけでは信は戻らない。 値段を縛ろうとした男 — ディオクレティアヌス最高価格令は失敗した。価格は法で縛れない——千七百年前の敗北が今も教科書に載る。
読む教材(10) ネロの改悪 総論・世界 ローマ帝政 後63–65年頃 第1節。ネロの改悪が始まる場面。「やがて止まらなくなる」に注目してください 帝国の造幣工房 フランス ローマ属州ガリアの貨幣 後1〜3世紀 第1節の図の出どころ。銀貨と金貨の両方の数値が載っています ビザンティン 総論・世界 後11世紀 ノミスマの落日 第3節。七百年守った純度が数十年で崩れる場面です 東方の貨幣文明 総論・世界 紀元前118年 漢の五銖銭 第4節。東の五銖銭。西と並べて読むための材料です カラカラの水増し 総論・世界 ローマ帝政 後215年 第5節。二倍を名乗る仕掛け。放射の冠の意味 シャロンの野とトリーアの造幣所 フランス ローマ属州ガリアの貨幣 後3世紀後半 第7節。「刻印だけでは戻りません」——宣言による回復の限界 最高価格令の敗北 総論・世界 ローマ帝政 後301年 第8節。千七百年前の敗北が今も教科書に載る理由 ソリドゥスと西の終わり イタリア 310年頃 帝国の造幣所 四人目が出した答えが、ここにあります。値段を法で止めようとして失敗した帝国が、今度は貨幣そのものを直しました。一ローマ・ポンドから七十二枚、一枚およそ四・五グラムという設計と、守るものを金貨一つに絞った判断を見てください。 二十カラット半の再出発 ギリシャ 1092年 帝都の造幣所 純度が崩れきったあとに何をしたかの記録です。かつての名目二四カラットへ戻すのではなく、二〇・五カラットという低い基準を正面から立て直しました。重さの記憶は残し、信用は鋳直すという選び方を見てください。 カルロスとフアナ メキシコ 1536年〜 メキシコ市造幣所 品位が落ちていく鎖の反対側に、落とさせないための役目が置かれています。二本の柱の間の一文字Rが初代試金官フランシスコ・デル・リンコンの頭文字であり、定めの品位〇・九三〇六を自分の印で請け合っていたことを見てください。
参考文献 Online Coins of the Roman Empire (OCRE) — American Numismatic Society / Institute for the Study of the Ancient World, NYU ローマ帝国貨の型録データベース。アウグストゥス(前31年)からゼノン(後491年)まで43,000型以上、約20の欧米データベースを通じて実物10万点以上に接続する
この講座の本文で参照した本と資料です。