NOMISMA
歴史を読む

機械が打つ信用、柱のドル

王冠をいただく二本の柱が、二つの半球をはさむ。歪んだ銀のかたまりから真円の貨幣へ。縁に施された一つの工夫が、削り取りの痕跡を見分ける手がかりとなり、世界に渡る信用の土台を築きました。

3分でわかる 柱のドル

  1. 絵で見る
  2. あなたならどうする?
  3. くわしく読む

1絵で見る

横に送って見られます

1 / 9

かつて

植民地の銀貨は、銀を切って打っただけのかたまりだった

2 / 9

縁を削って銀を抜く盗みが続き、人は重さを疑った

3 / 9

1728年と1730年

国は、手打ちをやめて機械で打つよう命じた

4 / 9

1732年

メキシコ市で、機械で打つまん丸の銀貨が生まれた

「柱のドル」と呼ばれる8レアル銀貨

5 / 9

縁には縄目の刻み。削れば、ひと目で分かる

6 / 9

2本の柱と二つの半球。銘は「両者は一つ」

7 / 9

1767年

ポトシの造幣所でも、機械で打つようになった

8 / 9

削れば跡が分かる銀貨の信用は海を渡り、ドルと呼ばれた

9 / 9

1857年まで

アメリカでも、独立の後もお金として使われ続けた

2あなたならどうする?

あなたは植民地の商人。代金を二つの銀貨のどちらかで受け取れます。形のばらばらな銀のかたまりと、縁に刻みのあるまん丸の銀貨。どちらにしますか?

選んでみてください

銀のかたまり

かたまりの銀貨は縁を削られ、少しずつ銀を抜かれていました。受け取るたびに、重さや中身を疑わなくてはなりません。

縁に刻みのある、まん丸の銀貨

縄目の刻みのある縁は、削り取りの痕跡を見分ける手がかりになりました。

3くわしく読む

本文をくわしく読む ↓

2026-08-27 葉山 満 コインをじっくり見る
スペイン 8レアル/新大陸の造幣所

削り取られる銀のかたまり

かつて植民地で打たれていた銀貨は、コブと呼ばれるものでした。銀塊を切り、ハンマーで刻印しただけの、不定形のかたまりです。形は一枚ごとに違い、その品質は長い年月のうちに落ちていました。

この銀貨には、宿痾ともいえる問題がありました。へりを削り取られ、少しずつ銀を抜かれてしまうのです。手にした者は、その重さや品位をいちいち疑わなくてはなりません。帝国の信用は、歪んだ銀のかけらとともにありました。

縁の刻み

この事態に対し、新しい王朝は貨幣の作り方そのものに手を入れます。千七百二十八年と千七百三十年、二つの法令が海の向こうの造幣所に、手打ちをやめて機械打刻の貨幣へ移るよう命じました。

千七百三十二年、メキシコ市の造幣所で最初の機械打ち八レアル銀貨が生まれます。人々が「柱のドル」と呼ぶことになる銀貨です。真円に打たれたこの銀貨のへりには、縄目の刻みが巻かれました。貨幣のへりの模様は、削り取りの痕跡を見分ける手がかりになります。

両者は一つ

柱のドルの表面には、王冠をいただく二本のヘラクレスの柱と、二つの半球が刻まれています。添えられた銘は「VTRAQUE VNUM」——「両者は一つ」を意味します。旧世界と新世界は一つの王冠のもとにある、という宣言です。

一枚の実物を見てみましょう。千七百六十八年、ポトシの造幣所で打たれた銀貨です。ポトシで機械化が始まったのは、その前年の千七百六十七年のことでした。この一枚は、新しい時代の始まりを告げるものでした。

ドルと呼ばれた銀貨

均質で、削れば跡が見て分かる銀貨。その信用は、海を渡りました。やがてこの銀貨は、別の名で呼ばれるようになります。ドル、です。

アメリカ合衆国では独立の後も使われ続け、千八百五十七年まで法定通貨でした。千七百九十二年の合衆国鋳貨法は「現に流通するスペインのミルド・ドル」を、自国のドルの基準に据えたほどです。発行した帝国の財政が沈んでいくあいだも、貨幣としての八レアルは、成功し続けました。

続けて教材を読みたい方はこちら

記事の続きは、NOMISMAの教材で読めます。

料金のご案内

講座の本文と図解の本、国ごとの物語をすべて読めて、貨幣学検定も受けられます。

料金を見る →