銭のない島でも、稲を貸して利息を取る仕組みは先にあった
春に稲を貸し、秋に返させる
稲や布での支払い、海を渡る銭、小判と銀。近世までの日本のお金をたどります。
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3分でわかる 日本のお金の歴史(稲・銭・銀)
横に送って見られます
銭のない島でも、稲を貸して利息を取る仕組みは先にあった
春に稲を貸し、秋に返させる
708年
和同開珎ができた。でも、造っただけでは流れなかった
銭をためると位が上がる法で、人はため込んだ
760〜772年
新しい1文を古い10文に、と国が命じたが、国が先に折れた
772年、新旧の銭を同じ価値で通すと認めた
12世紀の半ば
博多の海の商人が、宋の銅銭を山ほど運び込んだ
朝廷ではなく、商人の損得が銭を連れ戻した
1274年・1281年
守る戦には、ほうびに配る土地が無かった
恩賞は来ず、借金で土地を失う人が出た
室町の世
寺が銀行だった。銭は寺のために船で運ばれた
28トン
1323年に沈んだ船の銅銭。およそ800万枚
1526年〜
銭を輸入する国から、銀を海の外へ出す国になった
最盛期は世界の3分の1とも4分の1とも見積もられた
1601年
小判は枚で数え、丁銀は天秤で量る。二つが並び立った
1636年には国産の寛永通宝
1695年
元禄の改鋳で、小判にふくまれる金を減らした
87 → 57パーセント
小判の金の割合
57パーセント
元禄の改鋳のあとの小判の金の割合
1万文
これだけためて差し出すと位が一階上がった(711年)。日当1文の世で1万日ぶん
あなたは奈良の都の市の商人です。役人が「この新しい1文は、古い10文として受け取れ」と言います。手のひらでは、どちらも同じ大きさの銅。どうしますか?
選んでみてください
役人は10文と言い張りましたが、市場は中身しか見ませんでした。国の宣言を、市場は12年拒み続けます。
商人は首を横に振りました。772年、朝廷は新旧の銭を同じ価値で通すと認めます。先に折れたのは国家でした。
貨幣の価値は詔だけでは決まらず、信用の裏付けが要る。この島で最初の実験でした。

『日本のお金の歴史――稲・銭・銀』
始めから終わりまで通して読む本。図版21点・読み終える目安 約113分
無料で試し読みできる範囲: 「銭以前 — 稲と布と利息、そして壬申の乱」
講座の番号:A11
監修: 葉山 満
本文のほかに、演習6問・コイン4点・読む教材3件 所要時間の出し方
この講座は、ほかの講座を読まなくても始められます。
講座内の演習6問(確認4・比較0・記述2)。到達は自己評価で記録します。