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日本のお金の歴史――稲・銭・銀

稲や布での支払い、海を渡る銭、小判と銀。近世までの日本のお金をたどります。

本文を読む目安:約8分 / 本で詳しく読む目安:約113分
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3分でわかる 日本のお金の歴史(稲・銭・銀)

  1. 絵で見る
  2. 数字で見る
  3. あなたならどうする?
  4. くわしく読む

1絵で見る

横に送って見られます

1 / 9

銭のない島でも、稲を貸して利息を取る仕組みは先にあった

春に稲を貸し、秋に返させる

2 / 9

708年

和同開珎ができた。でも、造っただけでは流れなかった

銭をためると位が上がる法で、人はため込んだ

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760〜772年

新しい1文を古い10文に、と国が命じたが、国が先に折れた

772年、新旧の銭を同じ価値で通すと認めた

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12世紀の半ば

博多の海の商人が、宋の銅銭を山ほど運び込んだ

朝廷ではなく、商人の損得が銭を連れ戻した

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1274年・1281年

守る戦には、ほうびに配る土地が無かった

恩賞は来ず、借金で土地を失う人が出た

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室町の世

寺が銀行だった。銭は寺のために船で運ばれた

28トン

1323年に沈んだ船の銅銭。およそ800万枚

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1526年〜

銭を輸入する国から、銀を海の外へ出す国になった

最盛期は世界の3分の1とも4分の1とも見積もられた

8 / 9

1601年

小判は枚で数え、丁銀は天秤で量る。二つが並び立った

1636年には国産の寛永通宝

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1695年

元禄の改鋳で、小判にふくまれる金を減らした

87 → 57パーセント

小判の金の割合

2数字で見る

57パーセント

元禄の改鋳のあとの小判の金の割合

改鋳の直前の小判87パーセント
元禄の小判57パーセント

1万文

これだけためて差し出すと位が一階上がった(711年)。日当1文の世で1万日ぶん

3あなたならどうする?

あなたは奈良の都の市の商人です。役人が「この新しい1文は、古い10文として受け取れ」と言います。手のひらでは、どちらも同じ大きさの銅。どうしますか?

選んでみてください

言われたとおり10文として受け取る

役人は10文と言い張りましたが、市場は中身しか見ませんでした。国の宣言を、市場は12年拒み続けます。

1文としてしか受け取らない

商人は首を横に振りました。772年、朝廷は新旧の銭を同じ価値で通すと認めます。先に折れたのは国家でした。

4くわしく読む

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再現画日本のお金の歴史――稲・銭・銀 — 講座の口絵

この講座で、分かるようになること

  • 銭のない国家が恩賞を位と土地でしか払えず、土地が尽きると仕組みが壊れる型を、四つの乱で言える。
  • 国家が額面を宣言しても市場は中身しか見ないことを、772年と信長の撰銭令で説明できる。
  • 宋銭を退けた朝廷が半世紀で認めた逆転を、国家の意思と商人の損得勘定で言える。

この講座の本

『日本のお金の歴史――稲・銭・銀』

始めから終わりまで通して読む本。図版21点・読み終える目安 約113分

無料で試し読みできる範囲: 「銭以前 — 稲と布と利息、そして壬申の乱」

この本を試し読み →

本を読む →

詳しい案内

講座の番号:A11

監修: 葉山 満

本文のほかに、演習6問・コイン4点・読む教材3件 所要時間の出し方

ほかに分かること

  • 数える金と量る銀と国産の銭が制度になり、改鋳の質と量の選択があったことを三つの改鋳で言える。

この講座は、ほかの講座を読まなくても始められます。

あわせて読むと、つながりが分かる講座(任意)

評価方法

講座内の演習6問(確認4・比較0・記述2)。到達は自己評価で記録します。

この講座の8つの章
  1. 銭以前と和同開珎 — 利息が先にあり、造れば流れるではなかった銭のない国家は恩賞を位と田で払った。銭は造れば流れるのではなく、位で釣れば退蔵され、私鋳は反逆として裁かれた。
  2. 大仏と十二銭の黄昏 — 先に折れたのは国家だった国家の宣言を市場は十二年拒み、国家が折れた。造都と征討をやめた国家に銭は要らず、鉛の銭が絶えた。
  3. 銭を捨てた国と、海から来た銭絹と米と切符が動いた三百年。銭を連れ戻したのは海の商人で、朝廷は嫌いながら止められなかった。
  4. 米で戦い、土地で報いる — 治承・寿永から承久まで米が勝敗を決め、税の流れを押さえた者が政府になった。承久の乱は配る土地を供給した最後の戦。
  5. 幕府が銭を選ぶ — 元寇、借上、徳政幕府は宋銭を選び、守る戦は恩賞を生まず、土地でしか払えない仕組みが壊れて徳政を呼んだ。
  6. 海を渡る銭と、寺という銀行公の銭は鋳られず、船が寺のために銭を運んだ。寺が銀行で、幕府の柱は金貸しから取る税だった。
  7. 撰銭の世から銀の国へ — 鐚銭、石見、信長、秀吉国が銭を決められない島で商人が弾き、渡来銭が細ると銀が掘られた。信長は値をつけ、秀吉は金を見せた。
  8. 三貨の天下と改鋳の世紀 — 数える金、量る銀、寛永通宝数える金と量る銀と国産の銭。良い貨幣と十分な量は両立しにくく、増歩をつけた改鋳が八十年動かなかった。
この講座で読む実例(3)
  • 十二銭の黄昏 日本 772年 平城京の市
    772年、先に折れたのは国家だった。この一冊の背骨の一つ
  • 元寇 日本 1284〜1297年 九州
    守る戦に配る土地はない。土地でしか払えない仕組みが壊れる一本道
  • 改鋳の世紀 日本 1772年 江戸
    量る銀を数える銀へ。通史⑧へ渡す一枚

次に読む

江戸のお金を変えた人々 →

次に分かること:荻原・新井・田沼・松方の四人を、下げる側と戻す側に分けられる。

本文を読む目安:約8分 / 読める範囲:講座の入口と目次は無料・本文は購入された方向け

料金のご案内

講座の本文と図解の本、国ごとの物語をすべて読めて、貨幣学検定も受けられます。

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