王の身代金から始まった国家財政
王の身代金として支払われた金貨エキュは、やがて戴冠した王の権威となり、戦争を終わらせるための税と富を動かしました。一枚の貨幣が、近代国家の骨格が組まれる時代の中心にありました。

三百万エキュの身代金
百年戦争の第一幕が閉じたとき、フランス王ジャン二世の身代金として、金貨エキュで三百万が要求されました。これは王室の数年分の実入りにあたる巨額です。当初の四百万から値切られた額でしたが、この三百万も、最後まで払いきられることはありませんでした。
和平の約束では、まず百万エキュを払えば王は解放され、残りは王子を人質に残して追って納めることになっていました。戦争の名目そのものが、金と領土で買い取られたのです。しかし、額面と実際に払われた額は違いました。
戴冠した王と新しいエキュ
時は流れ、内乱と条約によってフランス王位はイングランド家へ渡る取り決めがなされます。王太子シャルルは『ブールジュの王』と嘲られました。そこへ現れたのが、ドンレミ村の農家の娘、ジャンヌ・ダルクです。彼女の働きでオルレアンの包囲は解け、シャルル七世としてランスの大聖堂で戴冠が成ると、戦況の潮目は変わりました。
シャルル6世と7世は、悪鋳で乱れた金貨の基準を立て直そうとしました。特にシャルル7世は、戴冠後にエキュ・ヌフ(新エキュ)を発行して金貨の基準を整えます。本稿で取り上げる「エキュ・ドール・ア・ラ・クロンヌ(王冠付き金エキュ)」も、こうした時代に鋳られた、戴冠した正統な王の貨幣です。
戦争を終わらせた税と富
戦争を終わらせたのは、英雄だけではありませんでした。税と、一人の商人の富が大きな力となります。
シャルル七世は、恒久税タイユを打ち立て、俸給で養われるフランス初の王の常備軍を編みました。もう一つの支えが、ブールジュの大商人ジャック・クールです。彼は地中海の交易で巨富を築き、ノルマンディー奪回のために二十万エキュを用立てました。この一人の富が、戦争の最後の反攻を支えたのです。
しかし、王は最も頼ったその金貸しを、立証されぬ罪で捕らえ、全財産を没収します。勝者は、自分を救った富そのものを取り上げて報いたのでした。
王が握った税という装置
近代の財政と軍隊の骨格は、この戦乱の世に組み上がりました。シャルル七世が千四百三十九年に恒久化した直接税タイユは、息子のルイ十一世が握る最大の装置となります。
父と対立し、ブルゴーニュ公の宮廷へ亡命していたルイ十一世は、即位すると父の重臣を退け、財政と行政を王の手に束ねました。この税は、聖職者も貴族も特権都市も免れ、その重荷は平民の肩にのみ残ります。ルイ十一世はタイユを常備軍と外交の財源に育て、治世で課税をおよそ三倍に膨らませました。史料により、二倍とも四倍とも伝わる幅の中でのことです。

