NOMISMA SCHOLA
READING A COIN

約束を超えて刷られた紙

この銀行券は、券に記された重量の貨幣と交換するという約束を核としていました。しかし兌換できる金属の量をはるかに超えて刷られたとき、信用は崩壊し、フランスに一世紀の紙幣ぎらいを刻みます。

2026-10-01 葉山 満 実物を読む

国の信用を背負った銀行券

スコットランド出身のジョン・ローが、摂政オルレアン公のもとで銀行券を発行しました。彼は確率に通じた賭博師で、ロンドンでは決闘で人を刺し、死刑を宣されて大陸へ逃れた過去を持ちます。貨幣は増やせば経済を刺激する、と彼は説きました。

千七百十六年、バンク・ジェネラルが設けられます。金貨を預けると、その預り証として銀行券が渡されました。二年後、この銀行は国の後ろ盾を得た王立銀行となり、バンク・ロワイヤルと呼ばれます。券は税の納付にも使えるようになり、ロー個人の信用は、国の信用へとつながりました。

植民地と国の財布を握る仕掛け

ローの仕掛けは銀行だけではありません。千七百十七年、彼はミシシッピ川流域ルイジアナの独占を狙う西方会社を興します。この仕組みの心臓は、紙くず同然の国債で会社の株を買える、という債務の株式化でした。国の借金を株に変え、それを銀行券で支える、一つの大きな回路です。

会社はタバコの専売、造幣、徴税までも呑み込み、植民地の商いと国の財布を丸ごと握ります。ですが、富の土台は植民地ではなく、王への貸しと税でした。千七百十八年の暮れまでに海へ出た船は、十二隻にすぎません。湿地の多いルイジアナという実体との差は、開くばかりでした。

紙の上で生まれた富

株の売り買いは、パリのカンカンポワ街で行われました。千七百十九年、この細い路地は熱狂の中心になります。額面五百リーヴルの株は、九月には五千三百五十と駆けあがり、頂点はおよそ一万リーヴルに達しました。

一夜で富を得た者を指してミリオネールという言葉が生まれた、と語られますが、初出は確かめられていません。召使いや御者が成り上がった話の出どころは千八百四十一年の本で、典拠は無く、同時代の日記にその例はないとされます。その富は、紙で数える富でした。

約束が逆回りするとき

崩壊の理屈は単純でした。兌換できる金属を、はるかに超えて紙を刷ったのです。千七百二十年五月末の券の残高は二十二億三千五百十万リーヴル。一方、同時代の推計で、国内の正貨はおよそ十二億でした。

その年の五月二十一日、国は券と株の値を月ごとに下げる令を出します。国みずから紙の減価を認めたにひとしく、信用は崩れました。人々は金貨を求めて銀行に殺到し、押し合いで倒れた者も出ます。十二月の初め、ローはフランスに財産を残して国外へ去りました。

けれど後の査定は、単純な物語を退けます。五百リーヴル以下の請求は減らされず、それは人数の半分、金額の四割でした。

続けて教材を読みたい方はこちら

記事の出どころは、すべて本編の教材です。