数と資料の出どころ
チューリップ狂(1636〜37年)
数と資料の出どころ
図と本文の数が、どの資料のどこから来ているかの一覧です。見出しを押すと開きます。
詳しく読む数値台帳(16件)
詳しく読む図の数の出どころ
| 図 | 何の数 | 値 | 時点・期間 | 資料とその箇所 |
|---|---|---|---|---|
| 図1 | 数を使わない図 | — | — | — |
| 図2 | Switsers(普通品種)1ポンドの値 | 120 | 1637-01-15 | Ernst Heinrich Krelage 1942 pp.51–52(Posthumus の抜粋) |
| 図2 | Switsers(普通品種)1ポンドの値 | 385 | 1637-01-23 | Ernst Heinrich Krelage 1942 pp.51–52(Posthumus の抜粋) |
| 図2 | Switsers(普通品種)1ポンドの値 | 1,400 | 1637-02-01 | Ernst Heinrich Krelage 1942 pp.51–52(Posthumus の抜粋) |
| 図2 | Switsers(普通品種)1ポンドの値 | 1,500 | 1637-02-02 | Ernst Heinrich Krelage 1942 pp.51–52(Posthumus の抜粋) |
| 図2 | Switsers(普通品種)1ポンドの値 | 1,100 | 1637-02-09 | Ernst Heinrich Krelage 1942 pp.51–52(Posthumus の抜粋) |
| 図3 | ハールレムの酒場で、値を下げながら3度落札 | — | 1637-02-03 | Ernst Heinrich Krelage 1942 |
| 図3 | アルクマールの遺児のための競売で合計90,000グルデン | — | 1637-02-05 | Ernst Heinrich Krelage 1942 |
| 図3 | 10都市の花商人の協定 | — | 1637-02-24 | Ernst Heinrich Krelage 1942 |
| 図3 | 11,700グルデンの球根の売り買いが公正証書で結ばれる | — | 1637-03-17 | Ernst Heinrich Krelage 1942 |
| 図3 | ホラント州議会の決議 | — | 1637-04-27 | Ernst Heinrich Krelage 1942 |
| 図3 | ハールレムの委員会の裁定に拘束力 | — | 1638-05-28 | Ernst Heinrich Krelage 1942 |
| 図4 | Semper Augustus 1球が1,000グルデン(ワッセナールの年代記) | — | 1623年 | — |
| 図4 | 値を下げながら3度落札。翌4日、取引が止まる | — | 1637年2月3日 | — |
| 図4 | 解約金は契約の値の3.5% | — | 1638年5月28日 | — |
詳しく読む何から分かるか
同時代の史料は4つの群に分かれます。第一に公証人の記録。ポストフムスが1920年代に抜粋を刊行し、1634年から1637年の個々の契約と、崩落後の紛争処理が読めます。第二に1637年2月5日のアルクマール競売の印刷された落札表。第三に1637年2月から5月に出た3つの対話体パンフレット『ワールモントとハールフートの対話』と、風刺の歌と文書40篇余り。第四に市と州の公文書で、ハールレム市の3月7日の決議、州裁判所の4月25日の答申、州議会の4月27日の決議、1638年5月28日の委員会規程が該当します。
これらには偏りがあります。パンフレットの大半は投機を攻撃する側が出したもので、擁護する側の文書『フローラの舞台』は少数です。公証人の記録は争いになった契約に偏ります。センペル・アウグストゥスは取引記録にほとんど現れず、伝えられる高値の多くは申し出であって成約ではありません。連続した相場表は存在せず、値段は品種と重さごとに散在しています。
研究は3つの立場に分かれます。ガーバー(1990)は希少品種の高値を市場の実勢で説明し、バブルと呼ぶことに反対します。トンプソン(2007)は先物契約が事後にオプションへ変えられた「契約上の人為物」と見ます。ゴールドガー(2007、2018)は公証人記録と破産記録から参加者を数え、非合理な熱狂という像を退けつつ、値上がりの事実と、供給過剰への懸念から崩れた経緯を認めます。3者は同じ史料を読んで違う結論に達しており、どれが正しいかは決められません。
クレラーヘ(1942)は球根業者の側から書かれた最も詳しい通史で、品種、図帳、集会の仕組み、市と州の処理を一次資料に即して記します。本文の日付と金額の多くはこの書に拠ります。トンプソンの論文とゴールドガーの単行本は、書名と刊行の確認までで、本文はここに挙げた資料に含まれていません。
研究
通俗書
- Memoirs of Extraordinary Popular Delusions (vol. 1) よく聞く話の出どころとして挙げています。事実の説明には使っていません
バブルだったか
市場の実勢で説明可能。崩落の寄与は最大16%
Peter M. Garber 1990先物がオプションへ変わった契約上の人為物
Earl A. Thompson 2006非合理ではない。ただし価格は上がり、最初の5週間の持続不能が崩落を招いた
Anne Goldgar— The Conversation 2018崩落の原因
素人の参入と恐慌
Charles Mackay 1841供給過剰の懸念と値上がりの持続不能
Anne Goldgar— The Conversation 2018ペストの役割
宿命論的な無関心が賭けへ向かわせた
Ernst Heinrich Krelage 1942最大の値上がりは流行の減退期で、説と合わない
Anne Goldgar— The Conversation 20183½% は誰の裁定か
ハールレム市委員会が1638-05-28 に固定解約金として定めた。当事者間では5〜10% が多かった
Ernst Heinrich Krelage 1942契約をオプションへ転換した措置と解釈(本文は参照していない)
Earl A. Thompson 2006詳しく読む参考文献(8件)
- Samen-spraeck tusschen Waermondt ende Gaergoedt, nopende de opkomste ende ondergangh van Flora 匿名(印刷: Adriaen Roman, Haarlem)— オランダ王立図書館のスキャン・1637・資料を開く
- Bloemenspeculatie in Nederland. De Tulpomanie van 1636-'37 en de Hyacintenhandel van 1720-'36 Ernst Heinrich Krelage — DBNL(デジタル・オランダ文学図書館)・1942・資料を開く
- The Tulip Mania in Holland in the Years 1636 and 1637 N. W. Posthumus — Journal of Economic and Business History 1(3)・1929-05・資料を開く
- Famous First Bubbles Peter M. Garber — Journal of Economic Perspectives 4(2)・1990-05-01・資料を開く
- The tulipmania: Fact or artifact? Earl A. Thompson — Public Choice 130(1–2)・2006-08-30・資料を開く
- Tulipmania: Money, Honor, and Knowledge in the Dutch Golden Age Anne Goldgar — University of Chicago Press・2007・資料を開く
- Tulip mania: the classic story of a Dutch financial bubble is mostly wrong Anne Goldgar(King's College London)— The Conversation・2018-02-12・資料を開く
- Memoirs of Extraordinary Popular Delusions (vol. 1) Charles Mackay — Internet Archive のスキャン・1841・資料を開く