封建ドゥニエ
10〜11世紀 ・ 銀 ・ 十世紀 ・ 伯・司教・修道院(在地領主)

Fagairolles 34(Wikimedia Commons) / CC BY-SA 4.0
ヴァイキングの襲来と王権の弱体化のなかで、シャルルマーニュが築いた統一貨幣圏は内側から緩んだ。禿頭王シャルル2世はピトルの勅令で造幣所の削減を試みたが、集約を保つ力はやがて尽きる。造幣権は伯・司教・修道院長ら在地領主へ流出し、重量も純度も意匠もばらばらの封建貨幣が林立した。とりわけトゥールのドゥニエ・トゥルノワとパリのドゥニエ・パリジが有力な地方通貨となり、のちに王権が回収して国家通貨へ再統合していく。