1181〜82年
飢饉の京。米はあっても値が跳ね、払えない人が路上に出た
とれなかった失敗と、分け方の失敗
飢饉や震災のとき、物価や支払いはどう変わったのか。日本の記録から考えます。
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3分でわかる 災害とお金
横に送って見られます
1181〜82年
飢饉の京。米はあっても値が跳ね、払えない人が路上に出た
とれなかった失敗と、分け方の失敗
1459〜61年
僧が幕府を動かし、炊き出しの救済に走った
信仰のつながりが、最初の保険だった
1293年・1315年
地震と火事で失った寺を、貿易船のもうけで建て直した
復興のための事業投資
大正12年9月
大震災の後、震災に関わる手形を日銀が引き受けた
日銀の損は、1億円まで政府が埋める
その中に、震災の前からの焦げつきも紛れ込んだ
救済と付け替えが、同じ制度の中にいた
大正15年末
引き受けた手形の5割近くが、まだ返っていなかった
2億680万円
うち約半分が、一つの銀行の分
昭和2年3月14日
大臣が「銀行が破綻した」と言い、翌日その銀行が休んだ
実は、金策に成功して営業を続けていた
失言は火種ではなく、漏れていたガスへの引火だった
原因と引き金を分けて見る
災害は選べない。でも、その後の応え方は選べる
記録する・財源を工夫する・すき間を測る・原因を分ける
4億3082万円
日銀が引き受けた震災手形。大正15年末になっても残っていた額とくらべると
昭和2年の春。議会で大臣が「あの銀行が、とうとう破綻した」と言ったと伝わってきました。その銀行に預金がある人々は、次の日どう動いたでしょう?
選んでみてください
実際に、その銀行は翌日休みました。続いてほかの銀行も次々に休業します。疑いは、すでに市場に漏れていたのです。
実はその銀行は、金策に成功して営業を続けていました。それでも、潰れたと言われた翌日に休みました。信用とは、他人が信じているという信じ込みのことなのです。
ただ、恐慌を失言だけのせいにするのは正しくありません。原因は、何年も前からの焦げつきの中にありました。

講座の番号:F6
監修: 葉山 満
本文のほかに、演習6問・コイン3点・読む教材5件 所要時間の出し方
この講座は、ほかの講座を読まなくても始められます。
講座内の演習6問(確認4・比較1・記述1)。到達は自己評価で記録します。
次に読む
昔の物価と給料を比べる →次に分かること:古代の賃金の現代換算が「換算の物差し選び」の問題であることを説明できる。
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