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金と紙幣を結び、切り離した人々

ニュートン、リカード、ニクソン。金本位制をめぐる判断を、人と時代から読みます。

本文を読む目安:約8分 / 本で詳しく読む目安:約33分
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3分でわかる 金本位の一生

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横に送って見られます

1 / 9

1717年

ニュートンが、金と銀の値打ちの比率を決めた

ギニー金貨を21シリングと定めた

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銀が安く見られたので、銀貨は国の外へ出ていった

制度が金を選んだのではなく、人が銀を持ち出した

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1816年

手元に金が残り、100年後に法が「金を本位」と書いた

始まりは宣言ではなく、結果だった

4 / 9

1797年

戦争で、紙のお金を金と換えるのが止まった

24年

止めてから戻すまで

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1925年

英国は、戦争の前と同じ比率で金に戻した

物価が上がった後なので、ポンドは実力より高くなった

6 / 9

1926年

輸出が難しくなり、賃金を下げる圧力が強まった

この年、労働者が一斉に止まった(ゼネスト)

7 / 9

昭和5年

日本も昔のままの値で金の扉を開け、恐慌になった

7%

半年で下がった卸売物価

8 / 9

1944年

金と結ばれるのはドルだけ。他のお金はドルに結ばれた

金一オンス=35ドル

9 / 9

1971年8月15日

日曜の夜、大統領がテレビで金との交換を止めると告げた

金と結ばれたお金は、一つもなくなった

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6年

英国が金本位に戻してから、離れるまで(1925 → 1931年)

24年

英国が金との交換を止めてから、戻すまで

3あなたならどうする?

あなたは1925年の英国の大臣です。戦争のあいだに物価は上がりました。金本位に、どんな比率で戻しますか?

選んでみてください

戦争の前と同じ比率で戻す

実際に英国はそうしました。ポンドは実力より高くなり、輸出が難しくなり、賃金を下げる圧力が強まりました。1931年、英国は金本位から離れます。戻してから6年でした。

上がった物価に合わせた比率で戻す

この講座の答えに近い考えです。問題は金本位そのものではなく、戻す比率でした。名目を昔に合わせると、働く人の手取りという実質が痛みます。

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再現画金と紙幣を結び、切り離した人々 — 講座の口絵

この講座で、分かるようになること

  • 金本位が始まった年と終わった年を、根拠を挙げて言える。
  • ニュートンの比価の報告が、なぜ始まりとされるのかを説明できる。
  • 戦前と同じ比率で戻すことが、なぜ痛みを伴うのかを説明できる。

この講座の本

『金と紙幣を結び、切り離した人々』

始めから終わりまで通して読む本。図版11点・読み終える目安 約33分

無料で試し読みできる範囲: 「比率を決めたのは、物理学者だった」

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詳しい案内

講座の番号:C11

監修: 葉山 満

本文のほかに、演習11問・コイン2点・読む教材13件・参考文献2件 所要時間の出し方

ほかに分かること

  • 「金本位に戻れば安定する」という言い方の、どこが足りないか指摘できる。
  • 日本の金解禁(旧平価・昭和恐慌・テロ)を人物の帰結まで語れる。
  • 金本位の終幕(ブレトンウッズ→キャンプ・デービッド)を決断の現場で説明できる。

この講座は、ほかの講座を読まなくても始められます。

あわせて読むと、つながりが分かる講座(任意)

  • 額面と実際の値打ち
    分かること:名目価値と実質価値の差を、具体的な一枚で説明できる。
    本文の第3節で、この講座に触れています。

出典の確かめ方を詳しく知りたい方へ(任意)

評価方法

講座内の演習11問(確認7・比較1・記述3)。到達は自己評価で記録します。

この講座の8つの章
  1. 比率を決めたのは、物理学者だった金本位は宣言で始まっていない。比価が決まり、割安な銀が出ていった結果として残った。
  2. 理屈は、兌換が止まっているあいだに書かれた理屈は制度の前ではなく、制度が止まったあとに書かれた。順序を逆に覚えない。
  3. 戻した年に、何が起きたか問題は金本位そのものではなく、戻す比率だった。名目を昔に合わせると、実質が痛む。
  4. 窓を閉じた日金と結ばれていたのは最後にはドルだけ。だからドルが閉じると、全部がほどけた。
  5. 昔のままの値で — 井上準之助の扉問題は開けるか否かではなく、開け方だった。旧平価という選択が恐慌と凶弾を呼んだ。
  6. 通貨の栄光ではなく — ケインズの反対旧平価復帰への反対は、街の賃金から書かれた。予測は翌年、現実になった。
  7. 金を一国に預ける — ホワイト案の三十五ドル金本位は死なず、ドルの背中に乗った。金一オンス三十五ドル——世界の金の集まる国の現実。
  8. 山荘の週末 — 1971年8月金の窓は、日曜夜のテレビで閉じられた。二千年の金属の時代の、事務的な最終日。
この講座で読む実例(13)
  • ロンドン塔の造幣所 イギリス ニュートンの大改鋳 1696年
    第1節。削られた銀貨を機械打ちに入れ替える場面です
  • ロンドン塔の造幣局 イギリス ニュートンの大改鋳 1717年
    第1節。ニュートンが比価を定めた報告。ここから銀が出ていきます
  • ホワイトホール・大蔵省 イギリス チャーチルの誤り 1925年
    第3節。戦前と同じ比率で戻すという決定の場面です
  • ロンドンの街路 イギリス チャーチルの誤り 1926年
    第3節。戻した翌年に何が起きたか。原因を一つに決めずに読んでください
  • イングランド銀行 イギリス チャーチルの誤り 1925〜1931年
    第3節。決めた本人が後年どう振り返ったか。⚠「伝えられています」の留保に注意
  • ブレトンウッズ、英国代表の席 アメリカ ブレトンウッズ 1944年7月
    第4節。採られなかったほうの案です。何が違ったかを見てください
  • メリーランドの山荘キャンプ・デービッド アメリカ 1971年8月15日 1971年8月
    第4節。決定が下された週末の場面です
  • アメリカ全土、テレビの前 アメリカ 1971年8月15日 1971年8月15日
    第4節。テレビで告げられた三つの柱。原文で確かめてください
  • 金解禁から戦争へ 日本 1930年 東京と養蚕の村
    第5節。開け方の選択と、その代価。命懸けの時代の記録
  • ロンドン・書斎 イギリス チャーチルの誤り 1925年
    第6節。反対の作法の実物。街の賃金を見よ
  • ブレトンウッズ、米国代表の席 アメリカ ブレトンウッズ 1944年7月
    第7節。三十五ドルの設計。力の現実が制度になる
  • ブラジルの金(3) ポルトガル 18世紀 ロンドンの造幣局
    金本位が立ち上がる前に、その金がどこから来たのかを見る停です。ブラジルで掘られリスボンを通った金が、なぜロンドンに留まったのかを追ってください。
  • 金は、来なかった インド 1898〜1913年 決済の現場
    金本位を、金の来なかった側から見た記録です。ケインズが三十歳の本でこれを金の本位ではなくポンド為替の本位と呼んだ、その言い換えの意味を確かめてください。
参考文献
  • Gold Reserve Act of 1934 — Federal Reserve History (Federal Reserve Bank of Richmond ほか) 1934-01-30 署名。米国内の貨幣用金の所有を財務省へ移し、ドルの金兌換を禁じた。著者 Gary Richardson / Alejandro Komai / Michael Gou
  • Roosevelt's Gold Program — Federal Reserve History 1933〜34年の金とドルをめぐる政策。米国は1830年代から事実上、1900年から法制上の金本位制にあり、1913年には連邦準備制度の枠組みに組み込まれていた

この講座の本文で参照した本と資料です。

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講座の本文と図解の本、国ごとの物語をすべて読めて、貨幣学検定も受けられます。

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