NOMISMA SCHOLA
SOURCE ROOM

Investigation of Failure of the SEC to Uncover Bernard Madoff's Ponzi Scheme (Report No. OIG-509)

U.S. Securities and Exchange Commission, Office of Inspector General

この資料が支える主張

  1. OIG は、SEC 職員と Madoff 家との金銭的・不適切な関係や、上層部の介入の証拠を見つけなかった。しかし 1992 年 6 月から 2008 年 12 月の間に 6 件の実質的な苦情(版を数えれば 8 件)と 2001 年の 2 本の記事があり、3 回の検査と 2 回の調査が行われたのに、徹底した検査・調査は一度も行われなかった(pp.20–22)
  2. OIG の専門家: ポンジ・スキームの検査で最も重要な段階は、取引を独立の第三者で確かめること。SEC は一度もそれをせず、ポンジの検査・調査を実際には行わなかった(pp.22–23)
  3. 1992 年: Avellino & Bienes の顧客が「100% 安全」で一貫した高利回りの投資について SEC に苦情。SEC は同社が全額を Madoff に預け Madoff がすべての投資判断をし、30 年間一度も損失がないと聞いた。SEC は無登録証券の販売で提訴し顧客へ返金させたが、返金の原資を辿らず、Madoff の検査は DTC の記録を Madoff 自身から受け取って「株式記録が 1992 年 11 月 12 日付の DTC 参加者明細と完全に一致」と結論した(pp.25–26, 47–49)。後の SEC 訴状(DiPascali)は、この時に偽の DTC 報告書を作ったと記す(p.49 注 22)
  4. 2000 年 5 月・2001 年 3 月・2005 年 10 月にボストンの申立人(報告書は実名で記す)が 3 度の申立て。2001 年版は S&P 500 の下落月 26 に対し Madoff は 3 か月、最悪月 -1.44% 対 -14.58%。2005 年版「世界最大のヘッジファンドは詐欺」は約 30 の赤信号を挙げ、ポンジを「非常に確からしい」とした。2001 年 3 月の申立てはニューヨーク事務所が受領翌日に不追及と決めた(pp.26–28, 35)
  5. 2001 年 5 月の MARHedge と Barron's の記事: 過去 139 か月で損失の月は 4 か月だけで、その損失も 55bp 以下。月 1.5% 強・年 15% 前後の一貫した利回り。「誰も同じ戦略で再現できない」。OCIE の元局長は記事に「良い検査になる」と書いたが検査は開かれなかった(pp.27–28)
  6. 2003 年 5 月にヘッジファンド運用者が苦情(80〜100 億ドルのオプション取引の出来高が市場に見えない、手数料構造、月末は現金、監査人が関係者、10 年超の市場との無相関)。検査は 7 か月遅れて 2003 年 12 月に始まり、フロントランニングだけに絞られ、NASD への照会書は起案されたが「時間がかかる」として送られず、2004 年 4 月に棚上げ(pp.28–31)
  7. 2004 年 4 月に別の登録業者の内部メール(Madoff がオプションを取引しているはずがない理由の段階的な分析)が見つかり、ニューヨーク事務所が 2005 年 3〜4 月に検査。二つの事務所が互いを知らずに同じ検査をしていることを Madoff 本人が教えた。清算機関への照会は「該当期間に取引なし」と返ったが追跡されず、2005 年 9 月に Madoff の口頭説明に依拠した終了報告(pp.31–35)
  8. 2006 年 5 月 19 日、Madoff は弁護士なしで任意に証言し、助言口座の取引は DTC の自分の口座で清算され分別されていると述べて口座番号を渡した。本人は OIG に「月曜の朝に DTC へ電話して終わりだと思った」「照会が無く驚いた」と語った。SEC は照会しなかった(p.39)
  9. OIG の DTC 照会: 2005 年 1 月 31 日の一つのフィーダーファンドの明細は S&P 100 株式 約 25 億ドルを示したが、同日の Madoff の DTC 口座は 1,800 万ドル未満。2006 年 5 月 19 日は 2,400 万ドル未満、2006 年 8 月 10 日は 2,800 万ドル未満(自己勘定の持ち高)。崩壊後は「DTC への電話一本」で数日で取引が無かったことが確認された(pp.39–40)
  10. 2006 年 5 月 16 日の NASD 照会は「その日にオプション持ち高の報告なし」と返ったが追跡されず。欧州の取引相手への照会書も送られなかった。2006 年 8 月に投資顧問登録で調査は事実上終了、18 か月の休眠を経て 2008 年 1 月に正式終了。登録後の検査は行われなかった。担当者は最高の勤務評価を受けた(pp.40–41)
  11. 2006 年 12 月と 2008 年 3 月の「憂慮する市民」の苦情(大口顧客の資産の混合、「二組の帳簿」)は Madoff の弁護士に尋ねて終わった。二組の帳簿は事実だった(pp.41 と注 5)
  12. 民間の複数の主体は同じ赤信号から投資を見送った。逆に SEC が検査して不正を見つけなかったという事実が投資家を安心させ、Madoff はそれを勧誘に使った(pp.22–24)
  13. 崩壊後、会計士の作業書類を得て数時間で「監査作業は一切行われていなかった」と判明した(p.32)

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