SOURCE ROOM
How Did Pre-Fed Banking Panics End?(NBER Working Paper 22036)
Gary Gorton, Ellis W. Tallman — National Bureau of Economic Research
この資料が支える主張
- 国法銀行時代(1863〜1914 年)の厳しい恐慌で、銀行は兌換を停止し、私的な清算所は個別行の情報を遮断し、貸付証書(会員の連帯債務)の発行で一つの主体になり、認証小切手の市場が開いて通貨プレミアム(清算所の破綻リスクの価格)が付いた。プレミアムが 0 になると信頼が戻った(要旨)
- 清算所の対応(匿名の貸付・個別行情報の遮断・特別検査・会員の救済)は 2007〜08 年の政策(TAF・TSLF・PDCF、空売り禁止、ストレステスト、Bear・AIG の救済)に対応する(第 1 節)
- 信託会社が清算所非会員だったことが 10 月 21 日の Knickerbocker への支援拒否の主な理由。Sprague と Wicker はこれを清算所の重大な誤りと見る。Trust Company of America は 10 月 22 日に $500,000 の引出し、州の検査で Morse への貸出は無く Barney への貸出は $175,000 と判明し、Morgan 商会が $1,000,000 を貸したが翌日 $13,000,000、24 日に $9,000,000 の引出し(Wicker 2000)。財務長官は 10 月 24 日に「この市で $25,000,000 の預託を指示した」と発表し、後に $35,000,000 へ。11 月 2 日に信託会社が追加で $15,000,000 を拠出し、11 月 4 日に信託会社の資金 $25,000,000 が配分されて取り付けは沈静した(第 4 節 pp. 25–26)
- 表 3(ニューヨークの出来事の日付): 1907 年の恐慌開始 10 月 21 日、個別行情報の停止・貸付証書の初回発行・兌換停止はいずれも 10 月 26 日、通貨プレミアム開始 10 月 31 日、プレミアム 0 は 12 月 28 日、兌換再開 1908 年 1 月 1 日、最後の証書発行 1 月 30 日、個別行情報の再開 2 月 8 日、最終償却 3 月 28 日
- 表 5(1907 年 10 月 19 日〜1908 年 2 月 1 日の週次): 通貨プレミアムの低・高、コールマネー金利の低・高、ニューヨーク市の純金輸入の累計、清算所貸付証書の残高、準備不足。10 月 26 日週のコール高値 125%、11 月 2 日週 75%。プレミアムの高値は 11 月 9 日・16 日週に 4%。証書残高の頂点は 12 月 21 日週 $87,865,000。金の累計は 1908 年 1 月 4 日に $97,763,000、2 月 1 日に $103,095,000。準備不足は 11 月 23 日週に $54,150,000 で最大
- 1907 年はプレミアムと累計金輸入の相関が −0.89(11 月 2 日〜1 月 4 日)。11 月 29 日週までに金の累計は $55,000,000 超。プレミアムは 1908 年 1 月に準備流入が大きく正になるまで 0 にならなかった(第 7 節 E)
- 付録 A: 1907 年 10 月 19 日の清算所会員 53 行のうち危機で名簿から消えたのは 4 行、破綻と数えられるのは 2 行(Mechanics and Traders は Union Bank of Brooklyn として再開、National Bank of North America は債権者に利息付きで全額支払い)。Wall Street Journal 1908 年 10 月 16 日: ニューヨークとブルックリンで閉鎖した 15 機関(国法 3・州法 8・信託 4)の預金者は損失を被らない
- Gilpin–Wallace 1904: 1860 年以来 $168,774,000 の貸付証書が発行され、1 ドルの損失もなく償還された(付録)
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