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Hoarding in the Panic of 1907
A. Piatt Andrew — Quarterly Journal of Economics 22(2)
この資料が支える主張
- 1907 年恐慌ではニューヨークで 2 か月にわたり通貨に上乗せ(currency premium)が付き、最高 4% に達した。約 1 万 6 千の銀行の大部分が現金支払いを停止し、多数の町で私的な無認可の通貨が発行された(pp. 290–291)
- 上乗せは 10 月末に西部の銀行が大口の現金に賞与を払う申し出から始まり、給与支払いに現金を要する製造業者の注文が加わった。11 月の多くの期間、金輸出点を超える為替相場(対ロンドン 4.88 超)のもとで $63,000,000 超の金が輸入された(pp. 291–292)
- 日次の上乗せ表(10 月 31 日 高 3%・低 2% に始まり、11 月 6 日・12 日・13 日に 4%、12 月に 1% 前後、12 月 31 日「上乗せなし」)(pp. 292–293)
- 通貨監督官の 8 月 22 日と 12 月 3 日の報告で、ニューヨーク市の国法銀行の現金は $43,000,000 減、他の国法銀行は $2,000,000 増。政府預金 +$72,000,000、金輸入 $70,000,000、国法銀行券 +$50,000,000 を合わせ、少なくとも $233,000,000 の通貨が銀行から消えた(p. 293)
- 10 月 26 日に Morgan の求めで Astor Safe Deposit が市内 33 社を調べ、恐慌週の火曜から金曜(10 月 22〜25 日)に 789 の貸金庫(通常の約 6 倍)が貸し出された。9 社の週次表では 10 月 26 日週 228 箱(前週 40)。多くは「臆病な小口預金者」ではなく給与支払いに備えた事業者だった(pp. 294–295)
- 南部・西部の国法銀行は恐慌前後に法定を大きく超える現金準備を積んだ(準備都市外の銀行の現金は 8 月 22 日 8.25% → 12 月 3 日 9.45%、+$47,000,000)。中央準備都市の銀行は約 $58,000,000 を失った。「銀行家の多くが公衆と共に恐慌に陥り、各自逃げよの方針を取った」(pp. 296–299)
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