AD 760– ・ 銅 ・ 八世紀 ・ 鋳銭司(畿内)
天平宝字四年、藤原仲麻呂の政権が発行し、新銭一文を和同十文に当てよと命じた。手のなかの和同開珎は、その日から十分の一になる。写真は奈良県霊安寺塔跡から出た径二センチ六ミリの一枚。十二年後、政府は新旧の等価通用を認め、市場の実勢に折れる。詔と市場のにらみ合いだった。
直径 26mm