AD 1860–1867 ・ 金 ・ 十九世紀 ・ 江戸 金座
万延元年、国内外で開いた金銀比価を合わせるため、量目を大きく下げて鋳られた最後の小判。規定量目は八分八厘、三・三グラム。含まれる金は慶長小判のおよそ八分の一まで減り、雛小判と呼ばれた。金の流出は止まったが、物価は跳ね上がり、暮らしを直撃した。