NOMISMA SCHOLA
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Histoire édifiante et curieuse de Rothschild Ier, roi des Juifs, par Satan(第 4 版・1846)

Georges Dairnvaell(筆名「Satan」)— Paris: chez l'éditeur, rue Colbert, 4 / Imprimerie de Madame de Lacombe, 1846(ETH-Bibliothek Zürich 所蔵 Rar 49026 の e-rara 写し)

この資料が支える主張

  1. 表紙: 第 4 版、30 サンチーム、パリ rue Colbert 4 の版元、1846 年。目次抜粋に「1815 年とワーテルローがユダヤ人銀行家の財産に及ぼした影響」「135 millions de prime」「8 juillet の破局」の項がある
  2. pp. 11–12: 「1815 年はロスチャイルド家の恩寵の年」。三月二十日の後「禿鷹は鷲の跡を追い、ネイサン・ロスチャイルドはベルギーでワーテルローを見つめていた。彼はあらかじめオステンドまでの継ぎ馬を組織していた」。近衛が倒れるのを見ると自ら早馬で発ち、オステンドで嵐に遭い、船乗りは渡航不能と言ったが「金の力で」数人を小舟に乗せた
  3. p. 12: 「彼はニュースの到着より 24 時間早くロンドンに着き、一撃で二千万を得た(il gagna d'un seul coup vingt millions)。兄弟たちが彼を助け、この不吉な年の総利益は 1 億 3,500 万に達した」(通貨単位の記載なし)。「彼らの投機と取引所の王権は 1815 年とワーテルローに始まる」
  4. pp. 12–14: 1815 年の勝者は家に報い、オーストリア皇帝は 1822 年に男爵位を与えた。「彼らは我々の貧困と災厄で富んだ」「吸血蛭のように」。1823 年の仏公債の引受で James がレジオン・ドヌール騎士章。「彼らの交渉した公債は今日 80 億を超え、うち英国が 20 億超」
  5. pp. 17–25: Chemin de fer du Nord の落札と株の割当への攻撃(匿名パンフレット『Guerre aux fripons』を引用)。1846 年 6 月 15 日の開通式(Amiens・Lille)の描写
  6. pp. 26–33: 「8 juillet」Fampoux の鉄道事故の目撃記(「Fampoux, vendredi 10 juillet」付)。「沼はすでに 39 の遺体を返した」。p. 30「ワーテルローの死体で投機した者は、北鉄道の犠牲者の死体でも投機できる」。行政が 48 時間ニュースを隠したと非難
  7. pp. 34–35(結語と注): 「この小冊子が向かうのはユダヤ人の信仰ではなく、その貪欲……」と記す。本文は一貫して「ユダヤ人の王」「ユダヤの王朝」「吸血鬼」の語で家を描く(史料に残る偏見)
  8. 巻末: 同じ著者の『Le Roi règne et gouverne』第 2 版(50 サンチーム)の広告

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