NOMISMA SCHOLA
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Journal de la Régence (1715–1723), tome II

Jean Buvat(王立図書館の筆耕。Émile Campardon 編, Paris: Plon, 1865)— Internet Archive のスキャン

この資料が支える主張

  1. 1720-05-22: 前日に公布された減額令に従って銀行が券を支払い、25 日には支払いが遅れて群衆が投石し窓が割れた。午後に 2 割減で支払われた(p.93–94)
  2. 1720-05-27: パリ高等法院が臨時に集まり、銀行の理事を詐欺破産者として絞首に処すとの決議を貼り出した(p.94)
  3. 1720-05-28: 21 日の勅令を撤回する王の布告が公示された。撤回を求めたのは高等法院・ブルボン公・ヴィルロワ元帥で、摂政は減額の発案者 d'Argenson に欺かれたと認めた。撤回は信用を回復できなかった(p.94)
  4. 1720-05-29 夜 10 時: ロー(Law)は摂政の命で財務総監を辞任し、スイス衛兵の将校が監視のため彼の家に置かれた(p.96)
  5. 1720-06-01: 銀行が支払いを再開。06-02 の勅令で誰でも好きなだけ正貨を持てるようになり、06-04 の勅令で 1 万・1 千リーヴル券と株を 2.5% の年金へ転換するよう命じた(p.97)
  6. 1720-06-03: 銀行の群衆の中で男 2 人と女 2 人が圧死した。06-12 には株はすでに 1 株 4,200 リーヴルまで下がっていた(pp.97–99)
  7. 1720-06-25: 銀行の扉に「会社が 9,000 の株に 7,000 を払う」と偽の掲示をした投機者 2 人が捕えられた。相場は一時 7,000 に上がり、前日 4,000 未満で買った者が売り抜けた(p.100)
  8. 1720-07-12〜13: 10 リーヴル券 1 枚ずつの支払いに群衆が押し寄せ、数人が圧死し踏みつけられた。筆者自身も危うかった(p.105)
  9. 1720-07-17: 混雑が極まり、12 ないし 15 人が圧死した。女 1 人と男 3 人の遺体がパレ・ロワイヤルへ運ばれ、ローの馬車は壊され、御者は足を折った。同日夕、小額券の支払いを追って通知するまで止めると掲示された。07-15〜17 の株価は 4,500 リーヴル(以前は 9,000〜10,000)(pp.105–108)
  10. 1720-07-16: 市庁舎で 1 万リーヴル券 1 億リーヴル分が焼却された(p.108)
  11. 1720-07-18: 前日の混乱を受け、集会を禁じ券の支払いを停止する王の命令が公布された(p.109)

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